桜に棘









※未成年が飲酒している描写がありますが、この話は未成年の飲酒を勧めている訳ではありません。
お酒は20歳になってから!








休日の午後、竹谷の部屋で転がっていると「上通ります」と声が降ってきた。顔を上げるとまさに今自分の頭上を皿を持った竹谷が通っている。空中に浮いていた足を掴むと「食満さん、ちょ、零します」と大きなリアクションが返ってきて、思わず食満は笑ってしまった。

「普通、上通るって言われたら掴むだろ」
「掴まないでくださいよ。何ですか、その普通」

食満が体を起こすと竹谷はテーブルに皿を二つ置き、食満の隣りへと座ってベッドへと凭れながら食満の方へとフォークを差し出した。

「朝ごはんというよりは昼飯ですけど」
「ナポリタン?」
「ミートソースなかったんで。ナポリタン食べられます?」
「ん。好き」

食満が竹谷からフォークを取って手を合わせていると、食満の右隣りで竹谷が食満から顔を微妙に逸らしていた。

「…何でお前が照れてんだよ」
「脳内で変換したら少し嬉しくなって」

竹谷はそう言って悪びれも無く笑う。けれど食満は竹谷の言葉に上手く返す事が出来ず、竹谷の足を軽く蹴って「いただきます」と呟いた。

「すぐ蹴らないで下さいよ」

竹谷は納得いかないという様に食満を見つめる。竹谷のその言葉には返事をせず、食満は作ってくれたナポリタンにフォークを刺した。
テレビのチャンネルを変えるとテレビは八分咲きの桜の木々を映し始める。

「そういえば大学の桜も咲いてましたね」
「そうだっけ?」

食満と竹谷が通う大学には小さいながらも桜並木があり、この時期になると花見をする学生で賑わう。桜は綺麗だけれどあまりにも人が混み合うものだから食満はその通りを通らない様にしていた。その為、桜が見頃かどうかなんて知らないのである。

「あ、綺麗っすねぇー」

テレビには公園の桜並木が映し出された。池の周りに桜並木があり、そこは休日ということもあって人で溢れていた。リポーターは桜の美しさと人の多さ、出店のメニュー等を忙しなく語る。

「そういや今年はまだ花見してないっすね」
「去年は夜桜で花見したよな。小平太が脱ぎかけて警官にめっちゃ怒られた」
「そうでしたね!俺大学入ったばっかりだったからすごい衝撃的でした」
「…未成年はアルコール飲んじゃいけないんだぜ」
「…それを去年の食満さんに言ってやりたいです」

視線を合わせ、二人してくすくすと笑う。親の目がないというのは監視の目が無いということであり、二人は自分の理性が許すことなら大抵この部屋でしてしまっていた。飲酒もそうだが、セックスもである。

「あ、来週に満開宣言出てますよ」
「ふーん」
「…ふーんって食満さんあんまり興味ないんですか?」

竹谷は先ほどから喋ってばかりで皿のナポリタンがちっとも減っていない。それを指摘すると大きな口にナポリタンを詰め込む。口の周りにケチャップが付いていたがそれは指摘せずにいた。

「…別に興味ない訳じゃないけど、興味あるわけでもない」
「それを興味ないって言うんですよ」

そうなのか?と首を傾げた食満をじっと見つめた竹谷が何かいい事を思いついたように「そうだ」と口にした。しかし食満は顔を顰めて「却下」と告げる。

「話くらい聞いて下さいよ!」
「…だってお前絶対下らない事言う」
「下らなくないですよ!このナポリタンに誓って!」

どうしてナポリタンに誓うんだ、確かに美味いけど、と食満は思ったが、それは口にせず、「じゃあ言ってみろよ」と顎で促した。

「花見デートしましょう!」
「却下」

竹谷の言葉が終わるのと食満の言葉が終わるのはほぼ同じだった。きらきら目を輝かせていた竹谷はしゅんとしょげてしまう。

「どうして却下何ですかー。たまにはデートしましょう。二人で出掛けたのなんて前にボウリング行った時くらいじゃないですか」

竹谷は拗ねたのかナポリタンをぐるぐるぐるぐるとフォークへと巻き付けている。

「…ばーか」

食満はそう言い、フォークに巻き付けたナポリタンを頬張る。もぐもぐと美味しそうにナポリタンを食べる食満を見つめ、竹谷は「何で俺が馬鹿なんですか」と拗ねたような声を出した。

「たまにはデートしましょうよ」

まだぐるぐると回されているフォークはほとんどのナポリタンを巻き付けている。あまりの大きさに多分口には入らないだろう。けれど竹谷の視線は食満へ向いているのでどうも気付いている様子はなかった。

「男二人って悪目立ちするだろう」

食満の言葉に竹谷は手を止めた。そして「そうっすか?」と首を傾げる。

「そうだって」
「いやぁ、そんなことないと思いますよ。だって俺、去年は三郎と二人で花見行った事あるし」

食満は竹谷の言葉に黙り込む。そして手元の皿を見つめた。
竹谷は男とこういう関係になるのは初めてだ。けれど女とは交際した経験がある。だからそれらを同じものとして解釈する癖があるのだ。でも現実は違うと食満は思っている。ああいう陽の当たる道を歩けるのは、男女のカップルだけだ。

「…ほら!こいつらも男同志だし!」

竹谷が差したのはテレビの中でインタビューされている二人の男だった。一人は大学生でもう一人はそれより幾つか年上のサラリーマン風の男だった。彼等はインタビューされて苦笑を浮かべている。生放送という事もあって断れなかったのだろう。

「男性二人って珍しいですね」
「彼女とは来ないんですか?」
「周りはカップルだらけですけど、どうですか?」

食満からしたらあまりにも不躾な質問に思えたが、それでもこれが当たり前なのだ。ペアで許されるのは男女と女二人組であり、男のペアだと人々の目には異様に映ってしまう。

「ほら、あの人達も二人だったじゃないですか。平気ですよ!」

竹谷はまだ諦めてないらしく、フォークを手放して画面を指している。

彼等は友人同士と言っていたが、多分付き合っているんだろうと食満は思った。そういうのは見ていれば大体分かる。ということは、自分が竹谷と並んで外を歩くと分かる人には分かるのだ。でも今のところ、何がばれてしまうのか食満には分からない。カップルに見えるのか、それとも食満の片想いに見えるのか、もしくはただの友人の様にしか見えないのか。当事者の食満にはそれが分からなかった。

「来週の水曜は俺も食満さんも午前中で授業終わりでしょう?その帰りにこの公園行きましょうよ。平日だと人も少ないだろうし、悪くないでしょう?」

竹谷は未だ必死に食満を頷かせようとしている。その必死な様が可笑しくて、そして嬉しくて、食満はようやく頷いた。はっきり色んな事が分かるかもしれないと思うと、重い腰を上げてもいいと思ったのだ。

「いいよ」
「だから、お願いですって」
「だから行くって」
「え、ほんとっすか?!」

竹谷は満面の笑みを浮かべ、「楽しみです」と笑う。竹谷が楽しみだと言ってくれるのなら、食満だって楽しみだった。

「でさ、さっきから思ってたんだけど」
「ん?何すか?」
「お前食べないの?絶対冷めてるぞ」
「あ、食います食います」

食満の皿は既に空になっているが竹谷の皿はまだ半分以上も残っている。竹谷は慌ててぐるぐるに巻いたナポリタンに齧りついた。

「ご馳走さま!」

あっという間にナポリタンを平らげた竹谷は両手を合わせてそう言った。食満も合わせるように「ご馳走さま」と告げ、そして隣りに座る竹谷の方を向く。

「何ですか?」

食満の視線に気付いた竹谷のその言葉に食満は竹谷の唇の端を舐める事で応えた。

「ケチャップ、ずっとついてた」

楽しそうに目を細めて笑う食満の腕を掴んだ竹谷は食満と打って変わって真剣な瞳をしている。それに気付いた時にはもう遅く、食満の唇は竹谷に塞がれてしまった。舌が唇の隙間から舌が入り込んでは口腔内をなぞりあげる。

「んっ…はっ…」

絡ませた舌を離し、ようやく解放された時には食満の瞳には涙が浮かんでいた。息も絶え絶えに竹谷に寄りかかった食満に竹谷は「食満さん可愛い」と囁いてシャツの下へと手を入れる。

「お前、今日DVD借りに行くって言ってた」
「ん。でも食満さん可愛いから仕方ないです」

首筋に舌を這わされ、ぞくりと背中が粟立つ。ベッドへと押し倒された食満は竹谷の寝癖のままの跳ねた髪へと触れながら「ばーか」と微笑んだ。





*:*:*





水曜日は食満も竹谷も朝一の授業だけしか取ってなく、午前中の内に学校が終わる。週末は竹谷のバイトが忙しく休みを取れないことから週の真ん中に休みを取っているのだ。また水曜は教授達の会議の日でもある為、重要な授業等は開かれない。よって食満も同じく授業を入れず、休日に宛てていて、気が付いたら同じ時間割になっていたのである。

大学の最寄り駅から電車に乗り、この前桜並木を放送していた公園へと向かった。平日の昼間だと電車内も空いていて、二人座りながら目的の駅名が呼ばれるのを待つ。
電車に乗って窓の向こう側を眺めている間に幾つもの桜の木が見えたが、どれもこれも満開で太陽の下でその花を広げていた。
目標の駅で下り、暫く歩くと公園が見える。

「入口こっちですよ」

竹谷が入口を見つけた様で、振り返って食満を見つめた。

「平日だけど結構人いますねぇ。でもテレビよりは全然少なくて良かったですね」

竹谷は既に楽しそうで、きょろきょろと辺りを見渡しては桜並木のある方角を探している。そんな竹谷の隣りで食満は遠くに見えた桜の色を見つめた。

公園内の大きな道を歩いて一周すれば桜並木があるらしく、人々は皆同じ方角へと歩いていた。桜並木の手前では多くの出店が並び、美味しそうな匂いが何処からともなく流れて来る。

「昼飯ここで食べますか?」

竹谷のその問いに食満は一度頷き、そしてお好み焼きと書かれた看板の方へとふらりと近寄った。その隣にあるいか焼きもおでんも捨てがたい。

「粉ものはお好み焼きで、いかも買うとして、鳥は焼き鳥とターキーどっちがいいですか?」
「焼き鳥」
「じゃあ俺焼き鳥買ってくるんで、食満さんイカ焼きとお好み焼きお願いしますね」

竹谷はそれだけ告げると少し離れたところにある焼き鳥屋の方へと消えて行った。
お好み焼きとイカ焼きをそれぞれひとつずつ買ってその場に立っていると後方から「食満さん」と竹谷に呼びかけられる。振り向くと竹谷は片手に焼き鳥を持って、ビニール袋を提げていた。

「緑茶で良かったですよね?」
「ん」
「じゃあ、あっち、空いてるみたいなんで座りましょうか」

竹谷の後を着いて行きながら食満は竹谷が良く動く事に驚いた。家にいる時もよく気が付く方だとは思うが、外にいるとちょこまかちょこまよく色んな事に気が付く。つーかもう少しのんびりしてもいいんじゃないかとも思うが、結局のところ席取りも飲み物も全部竹谷のお蔭なので食満は黙っていた。

ベンチは桜の木の真下で、風が吹く度にひらひらと薄い桃色の花びらが風に舞う。目の前にある池の向こう側には薄い水色の春の空と桜並木が広がっている。

「やんごとねぇな」
「やんごとないっすね」

食満は先に焼き鳥といか焼きを食べ、残りの半分を竹谷と交換した。

「あ、桜が」

竹谷がカップから取り出した焼き鳥の先には舞い落ちた桜の花びらが付いていた。それを見て、食満は竹谷の手を引いて桜の花びらが付いている部分の焼き鳥へと齧り付く。そして半分だけ残して串から取るとそのままぺろりと平らげた。

「こういうのも風流だろ」

そう言って笑ったのだが、竹谷は頬を赤くして食満を見つめている。その顔を見た時、食満はやり過ぎたと後悔した。
楽しすぎてつい家の中でやる事をしてしまったのだ。けれど謝るのも負に落ちず、食満は竹谷から視線を逸らすとそのままお好み焼きを食べ始める。

あっという間に完食して、ゴミをビニール袋に居れると竹谷が「捨ててきます」とふらっと何処かへ消えた。竹谷が戻るまで食満は黙って桜を見上げる。
暫くして視界に入ったのはハイキングでもするのかというほど立派なランチボックスを持ったカップルで、視線が合ってしまった食満はベンチから腰を上げた。

「どうぞ」

営業用の笑顔でそう声をかければ、面白いくらい感謝され、食満はひとりふらりと歩きだす。
左端でカップルが笑みを浮かべながら楽しそうに弁当を広げていたけれどなるべく見ないように視線を空へと逸らしてその場を急ぎ足で離れる。あまり遠くへ行くと竹谷とはぐれるからと食満はベンチから数メートルしか離れていない桜の木の下で竹谷を待っていた。

竹谷が戻って来ると桜並木に向けて歩き出す。桜並木の入口から見える景色はあまりにも綺麗だった。
桜の花びらを見ようと視線を上にばかり向けているので思っていたよりも人混みが気にならず、結構楽しい。時たま烏などが空を飛んでは誰かに食べ物をねだったりしているのが微笑ましい。

「あ、食満さんボートありますよ!」

竹谷はボート置き場に気付いて足早にそこへと向かう。後を追いかけようと思った食満は目の前を横切る人に足を止めた。竹谷と食満の距離はどんどん開き、二人の間をツアーの観光客などが流れて行く。
食満はその波を泳ぎ切る事が出来ず、そのほとりで向こう側にいる竹谷を見つめていた。竹谷は一度ボート乗り場の建物まで入って行き、ようやく食満が居ない事に気付いたようで慌てて出て来る。
食満には慌てている竹谷の姿が見えたけれど、竹谷は食満の事を完全に見失っていた。そして暫くするとポケットに入れていた携帯が震えて着信を知らせる。

「食満さんどこっすか?」

竹谷からの電話に出るとすぐ近くにいるのにそう言われた。竹谷はきょろきょろと辺りを探しながら「食満さん?聞こえてます?」なんて言っている。

結局こうなるんだ、と食満は思った。

竹谷は新しいものに興味が出ただけで、きっといろんなものに目移りしたりする。そしてこうやって俺を見失うんだ。そしていつかは見向きもしなくなる日が来るんだろう。

食満は携帯の電源を切り、人の波を突き進んで竹谷へと近付く。そして静かに息を吸い込み、目の前で髪の毛に桜の花びらを付けている竹谷の名前を呼んだ。
竹谷は声に気付いてすぐに振り返る。そして満面の笑みを浮かべ、食満の名を愛しそうに呼んでくれた。

竹谷の後ろに見える満開の桜の花びらより、竹谷のその笑顔の方がずっとずっと眩しくて食満はそっと目を細める。あまりの眩しさに、胸が痛い。まるで棘が刺さった様だ。

桜の花びらが散るように、この時間はそう長くは続かない。
食満はそう思っている。
そしてきっといつか、終わりの日が来る。

それでも竹谷が自分の声を聞いて振り返り、笑みを向けてくれただけで、それだけで今は満足だと食満は何度も自分に言い聞かせ、微笑んだ。






あとがき

後日談食満視点。
食満さんは竹谷に対してはいつもどこか諦めてる。
どうせすぐに俺の事捨てて、女と付き合って、結婚して子供とか作るんだろうとか思ってる。
そんな食満が可哀相で可愛いなと思います。
竹谷視点も書く予定です!


(2011/4/25)