大食いの吸血鬼
昼過ぎの中央学食のいつもの席で留三郎は食事を取っていた。トレイの上に並べられるのはアサリの味噌汁とレバニラ、白米、ほうれん草の和え物とひじきの和え物、そして飲み物はプルーンのジュースだ。それらはどれも貧血にいいとされる食べ物で、留三郎は対して好きではないそれらの食べ物を黙々と食べ続けていた。そしてそれらを食べ終えると隣で同じように食事をしていた伊作が「ちょっといいかな」と留三郎の顔に手を近づけ、下瞼を引っ張る。
「…うん。大分良くなったね」
「毎日こういうもんばっか食ってるからな」
「ちゃんと鉄分取っている筈なのにどうして貧血になんかなるの?なんか怪しい事してないよね?」
伊作のその言葉に留三郎は顔が引き攣ったのが分かった。けれどすぐに「別に怪しい事なんてしてないよ」と苦笑しながら否定する。
「でもさ、君ここ半年ずっと貧血を繰り返してるじゃない。ちょっと異常だよ。病院行った方がいいと思うよ」
医者のたまごである伊作は留三郎の事が本当に心配らしく、さっきから険しい顔をしている。心配してくれるのは大変有り難いが、だからと言って留三郎が真実を言える筈もない。吸血鬼の竹谷と月に一回吸血プレイするので貧血になるなんて、とても言える筈がなかった。
「…あ、あれだよ、ほら、献血」
閃いた、というように留三郎は適当に口にして、伊作は「そこまで血を取ることなんてないよー…まぁ、血液って不足しているから献血はいい事だと思うけど」と渋々納得してくれた。それ以上はもう何も言ってこない伊作に留三郎はほっと胸を撫で下ろし、そして「ごちそうさま」と手を合わせる。
「そろそろ講義始まるから先に行くね」
「おー」
伊作は授業に向かう為に学食を出て、午後の講義を取っていない留三郎は学食に残った。昼もとうに過ぎ、学食は閑散としている。留三郎はトレイを片付けて美味くもないプルーンジュースを飲みながら携帯が光るのを待っていた。
「あ」
携帯が光り、ディスプレイには「竹谷」という名前が流れる。
「もしもし」
「あ、食満さん?今、学食に着きました。あ、」
電話の主である竹谷の姿が視界に入り、留三郎は片手を振る。そして竹谷もどうやら留三郎を見つけたようですぐに電話を切っって駆け寄ってきた。
「お待たせしてすみません」
走ってきたのか、竹谷の息は上がっていて、もう秋も深まったというのに汗をかいている。そしていつもと同じようにとても嬉しそうに留三郎を見つめた。
「竹谷、腹減ってるだろ?」
「…はい」
「今日は午後の講義ないって言ってたよな?俺ん家で食う?」
留三郎はまだ息を弾ませている竹谷ににっこりと笑いかける。すると竹谷は少し困ったように眉を寄せ、暫く逡巡していたが、結局「はい」と頷いた。
「じゃあ出ようぜ」
留三郎はまだ少しだけ残っていたプルーンのジュースを飲み干すと隣の椅子に置いていた鞄を掴んで立ち上がる。竹谷は留三郎が飲み干したペットボトルをゴミ箱へと捨てていた。
「ありがとう」
にっこり笑った留三郎に竹谷も微笑みながら「どういたしまして」と返す。そして二人は横に並んで学食を後にした。
留三郎の部屋へと着き、ドアの鍵が開くと竹谷は慣れたように留三郎の後に続いて部屋へと上がった。そして鍵を掛けると途中で買ってきたお茶のペットボトルを冷蔵庫へと冷やす。既に何処に何があるのかは知っているらしく、部屋のティッシュが切れているのことに気付くとシンクの下にある戸棚を開いて新しいティッシュ箱を取り出した。
「竹谷」
楽しそうな声で呼ばれて振り向くと部屋のカーテンを閉め切り、薄暗くなった部屋から留三郎が竹谷を呼んでいた。
「ティッシュ、切れてたんで出しときましたよ」
「うん」
竹谷がティッシュをテーブルの上に置き、両手が空くとすぐに留三郎が竹谷の腕を引っ張る。引きずり込まれたのはベットの上だ。ちゅっと触れるだけの口付けをして目の前の留三郎がまるで悪戯が成功した子供のように無邪気に笑う。
「伊作が、大丈夫って」
「…でも、俺は、やっぱり」
楽しそうな留三郎とは違って、竹谷にはまだ迷いがあった。血の味と満腹を一度覚えたら、ずっと続く飢えが確かに堪える。けれどだからと言って好きな相手を危険な目に合わせるのは嫌だったのだ。
竹谷はまだ数回しか血を吸ったことがなく、吸っている時の事は良く覚えていない。いつも暴走のような形になってしまって気が付くと自分の腕の中で留三郎が失神しているのである。暴走した自分が好きな人の血液を残さずに全て食い尽くしてしまうのではないか。竹谷に理性がある時は常にその恐怖が付き纏っていた。
けれど、その恐怖に同じく晒されるべき留三郎は貧血が治るとすぐに「腹、減っただろ?」と首筋を差し出すのだ。確かに留三郎の血を貰うと一時的とはいえ飢えから逃れられるし、竹谷からすれば利点しかない。けれど留三郎からしたらただ貧血になってしまうだけではないのだろうか。竹谷は留三郎がどうしてこうまでして自分に付き合ってくれるのかが分からないでいる。
竹谷が知らないのも無理はなかった。留三郎は血を吸われている時に抗えないほどの快楽が来るという事を竹谷にはまだ話してはいなかったのだ。
渋っている竹谷の唇を舐めて留三郎は舌を差し出す。そしてそれに竹谷は同じく舌を絡めた。深く口付けを繰り返し、その合間に互いの服を脱がす。口付けを繰り返していると段々と焦れて来て、最後は二人とも手つきが乱暴になっていた。
露わになった首筋に思わず竹谷の喉が鳴ったのを見て留三郎は笑う。けれどまだ理性がある竹谷は首筋ではなく胸元へと舌を這わせた。既に硬くなった胸の飾りを口に含んでは吸い上げ、そして時折歯を立てる。それが留三郎は堪らなくて背を逸らせては竹谷のぼさぼさの髪を掴んで甘い声を漏らした。これから訪れる快楽を思うと、留三郎は体が疼いて仕方がないのだ。
四つん這いになり、竹谷の既に硬く勃ちあがったものを咥える留三郎の秘孔を竹谷はローションで濡らした指で弄る。挿入する指を増やしていき、中を掻き混ぜると留三郎が竹谷のものから口を離して喘いた。最初の頃もそうだったが、回数を重ねれば重ねるほど留三郎は素直に乱れる。声も表情も、零れる唾液すら竹谷を煽り、中に突き刺した指を引き抜いて息も絶え絶えに崩れかかっていた留三郎をベッドの上に縫いとめた。
十分に解された入り口に竹谷のものが宛がわれ、そして静かに侵入してくる。何度行為を重ねてもあまりの質量に苦しさは消えない。それでもそれより先にある快楽を留三郎の体はすっかり覚えてしまっていた。
ぎっちりと全てを収めると竹谷は早く動き出して堪らない癖に、留三郎の体を気遣って堪えるようにじっと息を潜める。目の前で自分を見下ろす竹谷の瞳が貪欲なまでに自分を求めている事を確認すると留三郎は竹谷の首に腕を絡めて抱きつき、そして竹谷に動いてと懇願した。竹谷が自分を求めているかどうかがこの行為を続けるかどうかというとても大事な指標になるのだ。
留三郎の言葉を待っていたかのように竹谷は腰を大きく動し始める。中を掻き混ぜられるような快楽に涙を零して、留三郎は言葉にならない甘い声を漏らし、そして竹谷の名を呼ぶ。竹谷はすっかり留三郎の体を熟知していて、留三郎が欲しい時に欲しいものをくれるのだから留三郎はあっという間に絶頂に上り詰めてしまう。
自分だけでなく竹谷も絶頂が近いのだと分かると留三郎は竹谷の耳元でなるべく甘い声をだして名前を呼んだ。
「たけやぁ、吸って」
留三郎は甘い声でそうねだり、竹谷が吸いやすいようにと首を傾け、白い首筋を晒す。理性がある竹谷ならその願いには応えないが、今の竹谷は違った。本能のままに留三郎をベッドに縫い止めて、薄っすらと汗が滲むその首筋へと遠慮なく歯を立てる。
「あぁっ、んぁぁあああっ、あっ、い、く、あぁっ」
首筋に鋭い歯を立てられ、血液を吸い上げられながら留三郎は体をビクビクと引き攣らせては精液を吐き出し、中にまだ留まっている竹谷を強く締め付ける。それでもまだ竹谷は首筋から顔を離さず、腰まで動かし始めた。血を吸われる時の感覚だけでも堪らないのに更に敏感になった中を何度も強く擦られ、結局留三郎は竹谷が首を離してくれるまで三回もイってしまった。
*:*:*
竹谷が我に返った時には留三郎は既に意識を飛ばしていた。留三郎のものはすっかり萎えていたが精液がべたべたについていて、一度以上イったのだろうということは明白だ。そして竹谷自身、留三郎の中に射精してしまっている。
いつも気が付いたらこういう状況だった。性欲と食欲を同時に満たす時は理性が吹っ飛んで暴走してしまい、気が付けばいつも留三郎は気を失っている。こんな自分をどうして留三郎が許すのか、竹谷はその理由が何ひとつ分からなかった。
留三郎の中にまだ入ったままだったので引き抜こうとすると肉が離すまいとぎゅうと締め付けてくる。寝て尚これだから、竹谷は毎回寝ている留三郎を犯したくなる欲を押さえつけるのに必死だ。そしてそんな竹谷の戦いなどみじんも知らない留三郎は「んっ」と色っぽい声を漏らしている。
「…生きてる、よな」
胸は規則正しく上下していて呼吸をしていることを教えてくれるが、それでも不安は取れない。留三郎が目覚めるまでは竹谷はベッドの上を片付けながらひとり不安と闘うのだ。
そして竹谷がどんな思いで自分が目覚めるのを待っているのか知らない留三郎は、すっかり片付けられているベッドの上でちゃんと衣服を身に纏った状況で目を覚ます。急激に多くの血を失ったことで耳鳴りや頭痛などが襲ってくるが、それでも強烈すぎる快楽の波がまだ静まっていないので辛いとは感じない。留三郎はぼんやりとしながら波が収まっていくのを待った。
「食満、さん?」
留三郎が目を覚ましたことに気付くと、竹谷が泣き出しそうな顔をして駆け寄ってきた。いつもいつも目を覚ました時竹谷は不安そうにしているけれど、今回は特に狼狽えている。「どうしたんだ」と聞こうとして、声が上手く出ない事に留三郎は気付いた。声が上手く出ないというよりは、口を動かそうとしても上手く動かせないのだ。体があまりにも重く、まるで全部が鉛になってしまったようだ。
「よかった、ほんと、よかった」
ぱらぱらと雨のように竹谷の涙が落ちてくる。それをゆっくりと瞬きしながら見つめていたら竹谷に抱き寄せられた。
「あと五分経っても目を覚まさなかったら善法寺さん呼ぼうと思ってました」
竹谷と伊作は二度顔を合わせたくらいでちゃんとした面識というものはない。それなのに伊作を呼ぼうと思ったというのだから、きっと本当に心配だったのだろう。いつも狼狽えているけれど、泣かれたのは久しぶりだったので留三郎はさすがに悪かったなと反省をした。竹谷はいつだって留三郎の血を吸う事を拒み、そして留三郎はそんな竹谷の理性が飛んだのを見計らって嗾けているのだ。罪悪感があるのは留三郎だって同じである。
時間が経って体を起こせるようになると、竹谷が傍に腰かけて留三郎の体を労わった。そしてその手を強く握ると強く何かを決意した瞳でじっと留三郎を見つめる。
「俺、もうしません」
「え?」
「俺、もう食満さんにこんな事絶対にしません」
「…なん、で」
「確かに腹は減るけど、でも食満さんがいなくなるよりはマシです。だからもう、もうこんなことはしません」
初めて血を口にした時、生まれて初めて満腹という感覚を知った竹谷はそれから一週間後には飢え始める。満腹を知ってしまったが故に留三郎の側にいる事すら辛いと感じていて、そしてそれを留三郎に漏らしていた。それから何度も同じことを繰り返し、少しずつ満腹から飢えへと変化する事にも慣れてきたが、それでもやはり血液以外の何を食べても飢えは消えず苦しんだ。それでも、好きな人を失うよりは随分とマシなのだと竹谷は思う。
「でも、腹減るって」
「腹は減ります。けど、それは昔からずっとだから気にしなくていいんです」
少しだけ悲しげにそう微笑む竹谷に留三郎はもう何も言えなかった。こんな風に自分を思ってくれるのだから、ただ単に気持ちいいからだけではもう嗾けられない。
「…わかった」
留三郎が頷くと竹谷はほっと安心したように「もうそういう風に誘わないでくださいね」と言った。
「…わかったって」
ふっと苦笑した留三郎の唇へと竹谷は吸いついた。舌が入ってくるのかと構えていたが触れただけで竹谷はすぐに顔を離す。
「今日は泊まっていきますね。多分辛いでしょうから」
今まで何度も血を吸われてはいたが、確かにこれ程まで貧血が酷いのはなかった。すぐに眩暈がして視界が黒に塗りつぶされてしまう。留三郎はベッドに体を横たえながら竹谷に「プルーンのジュース、取って」と告げた。
(2012/07/01)
大食いの吸血鬼のつづき。
アンケートの結果で思ったより人気だったので、続きを書いてみました。
まだ続きます。