音をたててキス、声をあげてラブ
音をたててキス、声をあげてラブ
太陽が東にある建物の間からようやく顔を出し、空は黒から青へ塗り変えられていく。竹谷は集合場所である部室棟の前で階段の手すりに腰を下ろして皆が集まるのひとり待っていた。
夏休みに入れば県大会が始まる。県大会といえど、会場がかなり離れていたので一泊する事になり、夏休みに入る前に学校で合宿をすることになったのだ。いわゆる、お泊まり会の練習である。なので部室の鍵係りである竹谷は誰よりも早く集合場所に来ては皆が来るのをひとり待っている。
「竹谷!」
声のした方向へと視線を向けるとそこにいたのはいつもなら遅刻常習犯である食満だった。食満は竹谷の一学年上の先輩であり、そして竹谷が想いを寄せている人でもある。
「け、食満先輩、おはようございます」
思いもしない人の登場に、竹谷は思わずどもってしまい、少し遅れて立ち上がっては一礼をした。食満はそんな竹谷の隣りに立っては、いつもより大きめの鞄をぽんと地面に置き、そしてその場に座り込んで竹谷を見上げる。
「おはよ!なぁ、皆はまだか?」
部室棟の前は未だ静まり返り、竹谷と食満以外に人影はない。近くにある木に留っている蝉の鳴き声が辺りに響いているだけだ。
「はい」
頷いた竹谷ににこっと笑みを向け、「なら賭けは俺の勝ちだな!」と食満は笑っていた。
「…また賭けしてるんですか?」
竹谷は食満と同じように腰を下ろし、すぐ近くにある顔を見つめる。肩は触れあっていて、布越しに食満の体温が伝わってきた。左肩にだけ神経が集中したようで竹谷の心臓は100Mを全速力で走った時と同じくらいうるさい。
「三郎とな。あいつがさ、俺は遅刻してくるって言いやがって。だからアイス賭けてんの」
竹谷と同じ学年である三郎と食満はちょくちょくこんな風に競い合っていたりする。前にもどちらが早く部室に来るか競っていたし、リフティングがどれだけ出来るかで競いすぎて、帰宅時間を大幅に遅れて顧問に怒られていたりもした。先輩に対しても気安く話しかける三郎を食満は気に入っているようだった。
「どのアイス買おうかな」
合宿の後に買ってもらうつもりのアイスを食満は悩み始め、食満が結論に達する前にぞろぞろと他のメンバーも集まりだした。
「珍しい、留三郎が早いぞ」
「食満先輩早いですね」
部員のメンバーは竹谷の隣りに座っている食満を見るなり、似たような事を言ってきた。その言葉達にも食満は笑顔で応えている。きっと頭の中はアイスのことでいっぱいなんだろうなと竹谷は思っていた。
三郎以外のメンバーが揃ったところで時間になったので部室に移動して朝練の準備をすることになり、竹谷は部室の鍵を開けた。以前は合鍵があったのだが、それを善法寺がドブに落として以来、マスタキーしかない状態が続いているので竹谷の役割は重要なのだ。
竹谷が鍵を開けるとすぐ隣に立っていた食満が「いっちばん!」と嬉しそうな声を上げて部室へと踏み込んだ。しかし、すぐに膝を折って座り込む。
「食満先輩?」
動かない食満に竹谷が声を掛けながら近付くと、食満の視線の先には部室内のベンチへと横になっている人の姿があった。
「…三郎?」
「…ふぁああああああ」
竹谷の呼びかけに欠伸で返事をしながら三郎はよっこらせと体を起こす。
「俺の勝ちっすね、食満先輩」
にっこりと穏やかな笑みを浮かべた三郎に食満は「俺が早かった!絶対に!竹谷の次俺だったし!なぁ、竹谷!」と捲し立てては竹谷の足を掴む。
「…そうですね。つーか、三郎はどうやって入ったんだ?」
三郎が指したのは壊れている鉄格子だ。
「正直今回は自信なかったんですよね。だからこっちで寝れば一番早いだろうって思って。勝負はどちらが早く部室に来れるかでしたから」
三郎は大きく伸びをしてまだ座り込んでいる食満を見下ろす。
「俺の勝ちっすね、先輩」
にっこりと笑みを浮かべた三郎に食満は肩を落として小さく溜め息を吐いた。あんなにアイスを楽しみにしていた事を知っている竹谷としては不憫にすら思えてくる。
「お前らさっさと入れ!後つかえてるぞ!」
潮江が後方から怒号を飛ばし、ようやく竹谷は部屋の奥へと進む。食満もゆらゆら揺れながらようやく立ち上がり、肩を落としたまま自分のロッカーの方へと移動していた。
「あれ、三郎?」
「え、何でいんの?」
「もしかして、昨日から居た?」
皆の質問に適当に相槌を打ちながら三郎は部室を出て行く。それを恨めしそうに見送りながら食満は「アイス…」とだけ呟いていた。
午前中の練習を終えると昼食と休憩を挟んで夕方の練習が始まる。何度か休憩を挟んだりしながら太陽が沈む時間までボールを蹴り続け、そして風呂の後に待っていたのはバーベキューだ。
顧問である先生方や父母会が手配してくれた肉や野菜や麺を3つの大きな鉄板で焼き、同じく用意された炊きたてのご飯と一緒にそれを食べる。重そうな塊でドンとテーブルの上に置かれていた肉は一時間もすると一切れもなくなってしまい、この時期の少年たちの肉食具合が見て取れた。彼等は野犬との何ら変わりはない様子で肉にだけ群がり、そして肉がなくなるとソースが香る野菜たっぷりの焼きそばへと移行していった。
父母会が用意してくれたらしいジュースの缶を手に竹谷はいち早く戦線を離脱した。いつも笑顔で挨拶がよく出来、そして少しはにかみながら世間話に付き合ってくれる竹谷はお母様方への好感度が高く、「竹谷が息子だったらよかったって言われる」という苦情が部員の中から上がるほどファンがいるのだ。そしてそのファンたちはさっきも竹谷の皿に肉や焼きそばをてんこ盛りに盛り付けていた。あからさまなサービスである。
「竹谷、もう飯は終わりか?」
遠くからボールを転がしながら歩いてきたのは食満だ。片手にはカルピスソーダを持ち、もう片手には紙皿と箸を持っている。そして竹谷の隣りへとボールを並べるとその上に腰かけた。
「食満先輩まだ食べるんですか?」
さっきも焼き肉を山盛りに盛っていたのを見ていたので竹谷がそう尋ねると「余ってるっていうから。別腹別腹」と女子みたいなことを言いながら食満は新しい割り箸を割った。焼きそばが別腹とか逞しすぎる。竹谷は隣りで豪快に焼きそばを啜る食満を尊敬の眼差しで見つめる。
「デザートにアイスとかあればいいのになぁ」
山盛りの焼きそばもぺろっと食べ終え、そして空になった皿に今度は野菜だけを山盛りにして食満はまた竹谷の隣りへとやって来た。ボールは既に潮江により片付けられていて、食満はそのまま地面へと腰を下ろす。
竹谷と食満は昼食の片付け班で夕食の片付けが始まってしまった今の時間は暇だった。なので食べ終わった食満はずるずると竹谷に凭れながら「…眠ぃな」と欠伸を繰り返す。そして暫くするとそんな声も聞こえなくなり、竹谷の肩に凭れて食満は動かなくなってしまった。
風が吹く度、竹谷のものと比べると柔らかい髪の毛が頬を撫でる。左半身には重みと、そして熱を感じていた。緊張のあまり動けずにいる竹谷の前を通る人達が皆、「食満先輩寝ちゃったの?」「食べてすぐ寝るなんて赤ちゃんみたいだ」などと静かに声を掛けてくる。それらに曖昧に笑って答えると、彼等は自由時間ということもあって、体育館へと消えて行ってしまった。昼間あれだけ動いたというのにまたバスケやドッチボール等をするのだろう。
食満が凭れかかって寝ていることで竹谷は動けない。そんな竹谷を見兼ねたのか、食満と幼馴染である善法寺が二人へと近寄り、「留三郎一回寝たら起きないんだよね。竹谷、変わろうか?ドッチボールやってるみたいだよ」と体育館の方を指す。そんな善法寺の申し出を竹谷は苦笑を浮かべながら断った。
「さすがに俺も疲れてるんで、休憩しておきます」
「そう?大丈夫ならいいけど。じゃあ留三郎のことお願いするね」
善法寺は竹谷へとひらひら手を振ると体育館の方へと向かって歩き出した。
部員達がドッチボールをしている体育館は眩しいくらい明るい。けれどその光は二人から遠くの方でぼんやりとしていた。体育館の明るさと比べると今竹谷と食満が腰を下ろしている辺りは既に夕闇が漂っている。じっと凝視しなければ誰がいるのか分からないほどの闇の中で竹谷は遠くから聞こえてくる笑い声を聞いていた。隣りからは未だ規則正しい寝息が聞こえて来る。
竹谷が束の間の幸せに浸っているとその幸せを壊すかのように蚊の羽音が聞こえた。遠ざかったかと思えば近付いて、その音はピタリと止む。蚊がどこにいるかきょろきょろ視線を動かしていた竹谷の視界で蚊は食満の腕にピタリと止まっている。
食満が寝ているということよりも先に手が動いていた。そしてパチンといい音が響く。蚊は無事に仕留める事が出来たが、隣りで眠っていた食満がビクっと体を動かして竹谷から離れる。
「なに、なんだ?!」
うろたえた様にキョロキョロと辺りを見回している食満は「あれ、俺、寝てた?」と竹谷を見る。
「寝てました」
「…何で俺叩かれたんだ?竹谷が?」
「蚊が留ってたんですよ」
竹谷のその言葉を食満はすぐには信じた。そして「何か悪かったなー俺眠くなったら駄目なんだ」と癖のついた髪を撫でる。
「善法寺先輩も言ってました。ほんとにどこでも寝るんですか?」
「この前なんて、疲れて玄関で寝てて、真夜中に起きてびっくりしたことがある」
そう言ってケラケラ笑う食満は腰を上げ、そしてぐいっと背伸びをした。
「で、皆はどこなんだ?」
「体育館でドッチしてます」
「…竹谷は行かねぇの?」
「…食満先輩が行くなら行きます」
竹谷は腰を上げ、そして少し視線の低い食満を見つめる。
「行こうぜ」
食満は首を鳴らしながら竹谷の前を歩く。竹谷に凭れて寝ていた為、右側の髪がまだ跳ねている。その髪を見つめがら竹谷は食満の後ろに続いた。
夜十時を回ると体育館へと布団を敷き始め、そして十時半には全ての電気が消されてしまった。電気が消えた夜の体育館はどこか不気味で、竹谷は緊張の為か上手く寝付けない。
体育館は広く、食満は竹谷とは反対側の方で同学年と布団を並べていた。なので竹谷の隣りはクラスも同じである三郎である。
「…歯ぎしりうるせぇ」
三郎は寝相こそいいものの、ギリリギリリと歯ぎしりを鳴らす。その音は一度気になってしまうと小さい音の癖に耳触りで、何度も寝返りを打ってはついに竹谷は体を起こした。
窓の外から月の光がぼんやりと差し込んできている為、誰がどこに寝ているのかは辛うじて見える。竹谷はごちゃごちゃ入り乱れて寝ている同学年のメンバーの足や手を踏まないよう気を付けてトイレへと歩き出した。
体育館の入口の電気と廊下の端にある非常灯の明かりを頼りに竹谷がトイレを済ませると体育館の裏のドアの方に人影があった。そしてガチャリとドアを開け、持って来たらしい靴を履く。
「…誰っすか?」
その後姿に声を掛けるとその人影はぱっと振り返り、慌てた様に走ってきて竹谷の手を取るとそのまま外へと飛び出した。
「…あぶねぇ、お前声掛けんなよな!」
そう言ったのは食満だった。そして「コンビニ行くけどお前も行く?」と笑う。
もし食満以外の人物であれば竹谷は注意するつもりだった。しかし相手は食満で、これから一緒に出掛けようと言ってくれている。
「…行きます」
「じゃあ靴取って来いよ」
顧問に見付かれば怒られるどころじゃ済まないだろう。それでも竹谷は断るという選択肢なんて浮かばなかった。
「竹谷のチャリで行こうぜ」
月明りの下で食満は楽しそうに笑っていた。そして竹谷の愛車である『アンドレ号』で二人乗りをして二人は夜の街を走りだす。
月は大きく、もう少しで満月という形だった。そして自転車を走らせているおかげで涼しい。下り坂を走りながら食満は竹谷の後ろで「涼しいなー」と手を置いている竹谷の肩を叩く。
「そうっすね!」
「え、なに?」
「涼しいですね!」
「あはは、聞こえねー」
かなり急な坂を走らせている為か、風を割く音がうるさくて竹谷の声は食満には届かない。今ならば好きだと大きな声で告げられるだろうか、竹谷がそんなことを考えている間に坂は終わって少し遠くにコンビニの明かりが見える。
「乗せて貰ったから奢る」
食満はそう言ったけれど竹谷は丁重に断った。そしてコンビニの外で食満を待つ。
夜といってもまだ日付は変わっていない。月は真上にあって、やたらと光を落としていた。
コンビニに入ってから五分後くらいに食満が出てきた手にはリンゴ果汁と書かれたアイスを持っている。
「公園、寄ろうぜ」
学校とは反対側、コンビニの裏にある公園の方へと食満は歩きだし、竹谷はその隣りを自転車から下りて歩いた。
昼は子供達で溢れている公園も夜になるとひっそりと静まり返る。テーブルがある場所はどうやらホームをレスしている人達が使っているらしく、人影が動いたりしていた。さすがに怖いと思った二人は公園内の外灯の下だと発見されやすいからとわざわざ薄暗い花壇の前でしゃがむ。そして暑いにも関わらず、ぴったりとくっついていた。夜の公園の茂みからは「ホーホー」とか「キキキ」とか聞き慣れない声が聞こえて少し怖かったのだ。
「食べるまで待ってな」
食満はそう言ってアイスの袋を開けると齧りつくのではなく、アイスの表面を舐めた。隣りから聞こえて来るアイスを舐めるペチャとかピチャとかいう音は、思春期の竹谷にとっては軽い拷問だ。少しずつ離れようとする竹谷に気付いた食満はその腕をぎゅっと掴んで「置いてくつもりだろ」と声を潜めながら告げ、そして恨めしそうに竹谷を見つめた。
「果汁100%でほんとにりんごの味する。お前も食う?」
食満は竹谷の腕から手を離さず、アイスを竹谷へと近付ける。こんな風に密着され、更には上目遣いと首を傾げる仕草。まだまだ青春真っ盛りな竹谷にとっては、気が動転するのは仕方のないことだった。
「え?」
竹谷は食満の両腕を掴み、そしてアイスで濡れたままの唇へ吸い付く。ぺろりと唇を舐めてから顔を離すと食満は目を見開いて固まっていた。
「ほんとだ、りんごの味ですね」
竹谷のその言葉にも食満の返事はない。その代わりにボタっとアイスが地面へと落下する音が聞こえた。
「え、あ、食満先輩アイス落としましたよ!3秒ルール!」
竹谷はアイスを拾い上げる為、携帯を取り出して地面を照らしてみたが、アイスは見るも無残に土と溶けあっていた。
「あ…これは、無理かな」
さすがにこれは食べられそうにないと竹谷は食満の方を向く。すると食満はまだ固まったまま、その顔を赤く染めていた。
「け、ま先輩」
竹谷は携帯を閉じて花壇のレンガの上に置くともう一度食満の手を掴む。するとようやく食満は動いた。
「お、前、なんだよ、ほんと…この前もキスしてきたし」
「…嫌でしたか?」
もう片方の手も握り締め、竹谷は小さい声で尋ねる。
「いや、じゃ、ないけど」
「じゃあ、もう一回だけ」
額をこつんとぶつけて、竹谷はもう一度食満へと唇を重ねるだけのキスをした。
唇を離すと食満は詰めていた息を吐く。瞳は何処を見ていいのか分からないといった様に落ち着きが無く、そして唇は薄く開いたままだ。竹谷がもう一度顔を近付けると食満はぎゅっと瞼を閉じた。一回だけだと言ったのに二回も口付ける竹谷を食満は受け入れたのだ。
食満の薄い唇をぺろりと舐めると食満の体がびくりと震える。逃さないように片方の手で腰を掴み、唇の隙間から竹谷は舌を差し入れた。食満の口の中はさっきまでアイスを食べていたからか冷たく、そしてりんごの味がした。奥へと引っ込んだ舌を追う様に竹谷は食満の口腔内を自由に舌で触れた。上顎の方を擦ると食満は「ふぁ」と声を漏らし、そして竹谷の手を強く握る。それに気を良くした竹谷は食満の舌へ舌を絡ませ、誘い出された舌へ軽く歯を立てる。
冷たかったはずの食満の口の中が竹谷のものと同じ温度になった頃、竹谷はようやく食満の唇を離した。
「…ぁっ」
離した瞬間口惜しそうにそう声を上げた食満は未だぎゅうと竹谷の手を掴んでいた。ようやく開かれた両の瞳には涙が浮かんでいて、息は上がっている。
呼吸を整えた食満は涙を袖で拭くと視線をアイスが落ちた地面へと向けた。
「…気持ち悪かったですか?」
さすがに怒られると思った竹谷がおずおずとそう尋ねると食満は静かに首を横に振った。
「じゃあ気持ち良かったんですね」
てっきりそうだと思った竹谷がほっと胸を撫で下ろすと「言うな!」と鉄拳が飛んできて頭を叩かれる。
「…っていうか、お前ほんと何なんだよ。これ、男にするもんじゃないぞ」
「…好きな人にするものですよね?」
「そうだよ」
「俺、食満先輩が好きです」
「…俺もお前嫌いじゃないけど…」
困ったというように髪をがしがしと掻きながら食満はちらりと竹谷を見る。
「…でも、こういうのは女とするんだよ」
食満はそう言うと立ち上がり、「帰るぞ」と竹谷へ告げた。
結局その後は何も喋らず、食満と竹谷は体育館前で別れてそれぞれ自分の布団がある場所へと戻った。
あんな後で眠れる筈も無く、竹谷は結局ごろごろと寝返りを繰り返し、そして朝を迎える。朝の太陽の光がこんなに拷問に近いものだとは竹谷は今まで知らなかった。
「ハチ、目が赤いよ」
「…眠れなかったんだよ」
「え、ハチって意外に繊細!」
布団を畳みながら同学年の勘右衛門がそう言い、隣りにいた三郎が笑う。自分が歯ぎしりしていることを知らず、呑気なもんだなぁと竹谷は欠伸を噛み殺した。
布団を畳み、体育館の中やトイレなどを掃除して合宿は終わる。
忘れ物がないように全ての荷物を持って竹谷が体育館の出口に向かうと同じく靴を履こうとしていた食満と目が合った。どうしたらいいか分からず、竹谷は口をパクパクと動かしたが、食満はそんな竹谷に言葉を掛ける事もせず、顔を背けた。
さすがに嫌われてしまったと竹谷がため息と共に俯くと、食満の隣りにいた善法寺の「留三郎、どうしたの、顔真っ赤!」という大きな声が聞こえてくる。その声の真相を確かめる為に竹谷が顔を上げると食満が善法寺に「声でけぇよ、馬鹿!」と言いながらちらりと竹谷の方を窺っていた。視線がもう一度合うと食満の顔は熟れたトマトの様に真っ赤に染まった。
「食満先輩」
竹谷が声を掛けて近付くと食満は背筋を伸ばしたまま「な、なんだよ」と上擦った声で返事をする。
「…一緒に帰りませんか?」
竹谷のその言葉に食満は少し考えて、そして「アイス奢ってくれるなら」と声も表情も固いまま頷いた。
昨日の夜は自分の恋が実らずに死んでいくのだと思っていたけれど、竹谷は今はそう思わない。むしろ、実を結んでくれるような希望が見える。
「勿論です」
竹谷はにっこりと笑って食満の腕から鞄を奪った。
「食満先輩、ほら、置いてきますよ」
そう言ってスタスタと歩く竹谷の後ろを食満は「待てって」と言いながら着いて来る。
帰り道、あのコンビニでアイスを買って、あの公園で食べる時、もう一度キスをしたら食満は怒るだろうか。
そんな事を考えていると隣りに追いついた食満が「何笑ってんだ、気持悪ぃな」と笑った。
(おわり)
あとがき&メッセージ
いつも売り子やエチャでお世話になっている杜月さんの誕生日にプレゼントで書いたものです。
以前UPしている『プールサイド・ラブサイド』の続きです!
サイトに置いてもいいと優しい言葉貰ったので普通に展示 笑
えへへ、ほんとおめっとー&いつもありがとー!
(タイトルはお題サイトからお借りしてきました〜!)
(2011/5/11)