竹谷八左エ門の髪がさらさらになった!の段!〜後編〜
R-18描写があります。苦手な方はそっとブラウザを閉じてね。
構わぬ!という心臓が強いだけどうぞ。
「努力するから」と言ったのは食満だった。そして努力しているつもりでもあった。ただ、食満の人見知りはちょっと厄介なものだったのだ。
「僕なんて、一年の夏休み後に人見知りされたよ。最初の方は人見知りなんてしなかったし、あまりにも突然だったから驚いた」
そう話すのは食満と同室の善法寺だ。部屋には竹谷と善法寺の二人の姿しかない。
「初対面は平気らしいんだけど、仲良くなった後に少し日を置いたりするとダメみたいだね。他の組の奴らなんて三年まで人見知りされてたよ」
苦笑しながら思い出を語る善法寺の表情は楽しげである。それと比べると向かいに腰を下ろしている竹谷の表情は憔悴しきっていた。
「でも、いくらなんでも、もう一週間経つんですよ。会いに来てもすぐ逃げられちゃ意味ないじゃないっすか、もー」
そのまま仰向けで畳に倒れ込み、竹谷は大きな溜め息を吐く。襖の向こうでは夕陽が沈み、空を赤く染めているのだろう。赤い光が部屋を満たしている。
「んーそれもそうだね。僕もアレは治すべきだと思うから協力するよ」
「え、人見知りが治る薬でも作ってくれるんですか?」
がばっと体を起こした竹谷の額を善法寺は持っていた菜箸で小突く。
「そんな薬作れるはずないし、作るつもりもないよ」
「じゃあ?」
「まぁ、協力っていうものでもないけど、僕今からお使いに出て明日の夕方まで戻らないからこの部屋好きに使っていいよ」
「え」
善法寺の突然の申込に竹谷は思わず起き上がった。そんな竹谷を見つめ、善法寺は笑みを浮かべた。
「君達恋仲でしょう?嫌よ嫌よも好きの内って言うじゃない」
「…そうですけども」
「じゃあ僕は出掛けて来るね。留三郎、盗み聞きもいいけど今言った通りだから。後は自分で何とかしなよ」
善法寺は部屋の奥へと視線を向けてそう告げ、そしてあっさり部屋を後にした。
善法寺先輩が視線を向けた方向を見るとそこにはいつの間にか食満が立っている。恐らくは、天井裏にでも隠れていたのだろう。
「先輩!」
逃がすまいと竹谷は食満に飛びかかり、そしてそのまま床へと押し倒した。竹谷の長い髪は組み敷いている食満の頬を撫でる。
「竹谷、退け」
「嫌です」
「退けって」
「嫌だ」
困ったような顔になった食満は相変わらず視線を合わせてくれない。それが不満で竹谷は左手で食満の顎を捕らえて無理やり視線を合わせる。
「この一週間全然触らせてくれないから我慢出来ないですよ。俺のこと、嫌いになったんじゃないんですよね?」
ぐいっと腰を押し付けると食満の顔は赤く染まった。何度も体を繋げているはずなのに相変わらず初な反応を返す食満に正直竹谷はもう我慢なんて出来なかった。
「石鹸の匂いがする」
既に風呂は終えたのだろう。石鹸の甘い匂いを嗅ぐように竹谷は食満の首筋へ顔を近づけてその皮膚へと舌を這わせる。
「たけ、や」
バタバタと急に暴れ出した食満に竹谷は本気でその身体を抑えつけた。抜け出せないと分かったのか、食満はすぐに抵抗を止める。
「逃げないから、だから、あの、頼みがあるんだ」
視線を竹谷から逸らし、瞳を伏せたままの食満のその表情はとても誘われるものがあった。
「何ですか?先輩のお願いなら俺何でも聞きますよ」
竹谷のその言葉に食満はごくりと唾を飲み込むと静かに視線を向けた。濡れたその瞳に、興奮が高まるのが竹谷には分かった。
*:*:*
「あっ…はぁっ」
静まり返った部屋には甘い声が響く。そして肌がぶつかる音と絹擦れ、そして水音が更に部屋の密度を上げているような気がした。
挿入を深くすると食満は首を振りながら声を上げた。その目は黒い布で隠されており、じっとりと涙で濡れている。四つん這いだったはずが、快楽に呑まれた今では力が入らずに腕で体を支えきれないらしく、突っ伏して尻だけ高く上げている状態だ。それらは普段とは全く違うので竹谷は新鮮さを噛みしめながら腰を激しく動かした。
竹谷は性交をしている割にはどこか冷静に食満の姿を見つめていた。
頼みがあると言い出した食満は目隠しをしてくれないかと告げてきた。そして出来れば後ろからにして欲しいとも頼んできた。いつもならば絶対にそんな事を言い出さない食満が頼んできたのだから竹谷は聞かざる得なかったし、少し自分もしてみたいという気持ちもあった。けれど実際に始めると、いつもとは違う方法で楽しむ為に言い出したのではないと気付かされる。
竹谷が動くとさらさらな髪が食満の背に落ちる。その度に食満は小さく悲鳴を上げて首を横に振った。その割にはきつく締めて来るのだから性質が悪い。わざと声色を変えて耳たぶを舐めながら名前を呼ぶと、一層高い声で「いやだ」と返された。
「嫌だっていう割には締めつけて離さないんですけど?」
意地が悪い声でそう告げると食満は首を横に振りながら「ちが、う」と涙ながらに訴える。その割にはいつもよりずっと感度が上って乱れている。そしてそれを本人ですら気付いていて、恥じらいが見えるのが溜まらない。
「先輩」
低めの声でそう呼ぶとびくりと体が震えた。真っ白な背中に汗の玉が浮いている。それを指で辿りながら髪をわざと背へと触れるように落とすとやはり食満は甘い声で鳴いた。
「先輩、淫乱ですね」
「ちが、」
「髪がいつもと違うから他の人に抱かれてるって思っちゃうんでしょ?なのにいつもより感じてますよね?ほら、締めすぎてて痛いくらいだ」
前の方へと手を伸ばすともうそこからは意味のない言葉しか紡がれなくなってしまった。腰を動かすとそれに応えるようにと腰を振る癖に「やだ」とか「いや」とかしか言わないんだから困る。甘ったるい声が耳にこびりついて離れない。
「中、出しますね」
その言葉に食満は一層激しく首を横に振った。それでも見なかった振りをして竹谷は食満の中で熱を弾けさせ、白濁を吐き出す。それに耐えるように体を震わせた食満も同じように吐精していた。
ずるりと抜き出すと溢れだしたものが食満の白い太腿を伝う。目隠しされたまま、腕を後ろで抑えられたままの食満は見られている羞恥に耐えるようにその肌を赤く染めている。
目隠しを取るとその瞳は涙で濡れていた。そしてやはりその瞳は竹谷を直視しない。それが竹谷にとっては悲しく、そしてとてつもなく空しかった。
「…俺は、竹谷です。先輩の恋人の、竹谷八左エ門です」
小さくそう呟いた竹谷に、食満はゆっくりと視線を向ける。緩慢としたその動きに、疲れが見えた。けれど竹谷の口は止まらない。
「髪型が変わったくらいで、俺を忘れないでくださいよ、先輩の、先輩の、馬鹿―!」
うっと涙をこらえて竹谷は立ちあがる。ちゃっかり食満の寝巻を奪うことも忘れず、その帯をしっかり締めてから部屋を飛び出した。
*:*:*
それらがつい一週間ほどで竹谷の身に起こった事の全てだ。食満の部屋を飛び出した竹谷は学園内で一番高い木へと上っては空を見上げている。人間悲しくなるとつい空を見上げてしまうものである。
恋人に人見知りされ、一週間ぶりに体を合わせたというのにあんな、まるで知らない人に抱かれているみたいな態度を取られてしまえば空しさ以外何も残らない。いや、ちょっと興奮はしたし、結構楽しんだとは思うけど、でもやっぱり空しい。
溢れてきた涙を指先で拭いてはすんと鼻を鳴らせ、ぎゅうと自分の膝小僧を抱き寄せる。この気温に寝巻の格好のまま外へ飛び出したのは間違いだった。現に寒くて体が無意識に震えているし、呼吸する度に目の前の空気が白く染まる。カタカタと歯も鳴っているというのに竹谷は部屋へ戻ろうとはしなかった。
「竹谷」
不意に名前を呼ばれたと思って下を見ると食満が困ったように木を見上げていた。寝巻は竹谷が奪ったので制服を身に着けた上に半纏を着こんでいた。抜け目がない。
「そっち、行くぞ?」
疑問形の割には返事を待たず、彼は上ってきた。そして竹谷の隣りへと立つ。竹谷はうんともすんとも言わず、じっと空を見ていた。
「…ごめんな、竹谷」
その言葉に竹谷は答えない。食満は静かに竹谷の隣りに腰を下ろして今はじっと竹谷の横顔を見つめている。
「お前の言う通り、お前は何にも変わってねぇんだもんな。ほんと、慣れるようにするから。俺から、ちゃんと会いに行くから。だから機嫌直せよ」
そっと重ねられた手が温かい。竹谷は静かにその手を握り返した。そして視線を合わせる。
「ごめんな」
不意に食満が笑みを見せた。それは竹谷が好きなもので、心臓が震えた、ような気がした。
「俺の方こそごめんなさい。結構酷い事してしまった」
食満の手首には強く捕まえられたか指の跡が残っていた。それにちゅっと口付けて竹谷は食満を見つめる。
「好きです」
「ん。俺も」
「早く慣れて下さいね」
「ん」
ぎゅうと抱き締めればその体が温かくて気持ちい。
「お前、冷え過ぎだぞ」
自分が着ていた半纏を竹谷の肩へと掛けてくれる食満の優しさに竹谷はにっこりと笑みを浮かべる。
「部屋に戻って温まりましょう。俺、まだ足りないっす」
竹谷のその言葉に食満は竹谷の背中を軽く叩いて「馬鹿」なんて笑った。
それからというもの、食満は竹谷の今の姿に慣れる為に努力をしていた。そしてその努力も実り、三週間目には全く普段通り過ごす事が出来るようになったのである。
「…長かったなぁ」
なんて竹谷が思っている暇はなかった。というのも、その直後に六年生は長期の実習に出て行ってしまったからだ。会えなくなって十日。また忘れられてはないだろうかと竹谷の胸には不安が募っていった。けれどそれよりも喜ばしいことも起きたのだ。
「わぁ、ハチの髪、元に戻ってる!」
起床すると同室である雷蔵のそんな声が聞こえた。そして起きぬけに三郎に鏡を渡される。その鏡に映ったのは、懐かしいと思える、ぼさぼさな自分の髪だったのだ。
「戻った!」
竹谷がそう叫ぶと二人ともうんうんと頷きながら「やっぱりハチはこうでなくちゃ」なんて笑っている。
廊下の足音が三人の部屋の前で止まり、そして襖が開かれる。顔を出したのはい組の尾浜勘右衛門であり、彼は竹谷を見つけると「あ、戻ったの?おめでとう」と微笑んだ。
「ハチに知らせたい事があってさ、六年生戻ってきてるよ」
勘右衛門のその言葉に竹谷は物凄い勢いで立ちあがった。元に戻った姿を早く食満に見せたいと思ったのだ。そして十日ぶりに食満の姿を一目見たかった。
「ちょっと、ハチ!」
「寝巻で行く気か?着替えてから行きなよ」
「そうそう、男前にしてから惚れ直させてこい」
三人の言葉に竹谷は今すぐに駆け出したい気持ちを抑え、目にも止まらぬ早さで着替えた。
「じゃ、俺、行ってくる!」
走り去りながらのその言葉に三人は顔を見合せながら「やれやれ」と呟いていた。
六年生が戻ってきているならばと竹谷がいの一番に向かったのは井戸だった。きっと綺麗好きな彼のことだから顔を洗っていると思ったのだ。そしてその読みの通り、井戸には食満の姿があった。幸いなことにどうやら一人のようだ。
「食満先輩」
名を呼び近付くと顔を拭いていた食満が振り返る。
「見て下さい。髪が元に戻ったんです」
にっこりと笑いながら竹谷は自分の髪を掴んで食満へと見せる。あちこちに跳ねるその髪に規則性等は見つけられない。文字通りのぼさぼさ頭だ。
「あ、そう」
竹谷の言葉に食満はそう素気なく返した。あれ、と竹谷が思うのも束の間、食満は「ちょっと風呂入ってくるから」と竹谷の隣りを通り過ぎてしまう。そっけない割に頬は赤い。
何か、同じ事が前もあったような―、竹谷が何かを思い出そうとした時、いつからそこに居たのか善法寺が「あーあ」と竹谷の思考を邪魔した。
「髪が戻ったからまた人見知りが始まったみたいだねー」
呑気なその声は軽い絶望を連れて来る。
「う、そ」
「まぁ、気長にがんばれ。きっと前よりは積極的に治そうとしてくれると思うし」
そんな楽観的な言葉も今は竹谷の耳には届かない。へなへなとその場に座り込んだ竹谷は食満に初めて人見知りされた時のことを思い出していた。そう、あの長い苦労の日々をしみじみと思い出し、今からまたそれが始まってしまうのかと思うと泣き出しくさえなった。
「…またかよ、こんちくしょー!」
そんな竹谷の情けない絶叫が裏庭に響いてカラスが一気に空へと飛び立ち、竹谷の気持ちは露知らず新しい苦悩の朝を連れてきた。
(めでたしめでたし)
あとがき
『アネモネと嘘』も1/13で1周年を迎えました。ありがとうございます…!
10000hitのお礼小説に何か書きたいなぁとアンケートを取って早半年…あっちゅーまで1周年まで来ちゃいましたよ。
なので10000hitお礼+1周年お礼でも置こうかなと思い、10000hitお礼小説アンケート(長いな)では竹谷×食満が圧倒的一位だったので竹谷×食満のお話を書かせていただきました。
まぁ、元ネタは自分なんですが、人見知りする食満可愛いな!人見知りされる竹谷面白いな!と思ったことが発端です。
今度は2周年と50000hitくらいに何かできるといいなぁと思ってます。
現在1周年アンケートを行っています。時間がある時にでも答えて下さると助かります。
一周年と10000hit本当にありがとうございました…!!
【追記】
DLは終了させて頂きました。
お持ち帰りして下さった方、ありがとうございました。
(2011/1/16)