( ice cream *** )





( ice cream *** )









R-18描写があります。苦手な方はそっとブラウザを閉じてね。
構わぬ!という心臓が強いだけどうぞ。






本格的に梅雨入りしたらしいと聞いたのは午後に入ってからだった。傘を忘れたと嘆いた伊作に「俺は持ってきてる」と言うと「塾行く前にコンビニで買うよ」と伊作は苦笑した。
確かそれは数時間前で、ぽつりぽつりと降り出した雨にやっぱり伊作はついてないななんて思いながらひとりで上履きから靴へと履き替えて帰ろうとしたら自分の傘が消えていることに気がついた。朝はあんなに沢山あったはずの傘たちが今はひとつ残らず消えていて、もう使えないだろうぼろぼろの傘が転がっているばかりだ。

「…ついてねぇのは俺かよ」

はぁ、と溜め息を吐いて空を見上げる。暗く立ちこめた雲からはまだまばらに雨粒が落ちる程度で、駅まではともかくあの店までは持つかなと考えた。
あの男が傘を差す姿なんて思いうかばず、また、あの男があの店以外の場所に立っていることすら想像できない。

(…傘なんてなさそうだけど、いいか)

アスファルトを小さな雨粒が濡らし始めている中、校舎から飛び出して走り出した。

水を吸ったシャツが肌に張り付いて来て冷たい。長めの前髪が濡れて額に張り付いているのが少し気持ち悪い。鞄がビニール製で濡れることがないのがせめてもの救いだった。躊躇わずに路地裏へと曲がり、いつものあのドアを目指して走る。ドアが見えて駆け込もうとした時、そのドアが開いた。中から出てきたのはまだ二十代前半に見えるスーツを着た男の人で、あの男の知り合いというにはあまりにも普通の人に見える。スーツを着た男は俺に気付くと少し驚いたような顔をしてすぐにまた無表情になった。

「黒猫、か」

男が呟いた言葉の意味が分からず首を傾げているとその男は「失礼」と黒い傘を差して俺の来た方向とは逆方向へと去って行った。遠くの空で稲光が光って、慌てて俺が店へと転がり込むとカウンターの向こう側に立っている男が俺を見て「濡れ鼠だね」と笑った。

「傘は持ってなかったの?」
「朝持っていったけど、盗まれた」
「そう、でもそのままじゃ風邪ひいちゃうね。ちょっとバスタオル持ってくるから待ってて」

男は静かにそう言うと二階へと上って行く。階段を上る足音が静まり返っている店内に響いて、遠くで雷が鳴る音が聞えた。
この店に俺と伊作以外の人がいるのを初めて見た。たったそれだけのことで何故か心臓がざわつくのを感じる。あの人はこの男の知り合いなんだろうか。この男のことを俺よりもずっと知っているんだろうか。そこまで考えて俺はこの男のことを何ひとつ知らないことに気が付いた。ケーキを作るのが上手いことは知ってるけど、それだけしか知らない。名前も伊作が教えてくれた「雑渡」とだけしか知らないし、その名前が本名なのかどうかすらわからない。そもそも年齢は幾つくらいなんだろうか、二十代ではないだろうけど、じゃあ三十代だろうか?

「…考え事?」

急に声がして顔を上げるといつの間にか男が目の前に立っていた。広げられたバスタオルを頭に乗せられて男が髪を拭いてくれる。渡されたもう一枚のタオルで俺は体を拭く。

「…べつに」
「可愛くないねぇ」
「男だし、可愛くなんてねぇ」
「可愛いなぁ」
「…どっちだよ」

くすくすと笑う男の声が前より気に障らなくなっていることに気が付いた。前はからかわれている気がして嫌だったのに、今は何処か落ちつくなんて思う。ふと光が見えた気がして顔を上げると大きな雷鳴が届く。暗い室内に更に暗い色の影がふたつ落ちている。男の手も止まっていて、俺と同じように窓の外を見ていたようだった。

「今の完全に落ちたなぁ。これさ、梅雨っていうよりどっちかっていうと嵐じゃない?」

男のその言葉に頷いた。雨脚は強まる一方らしく、ドアガラス越しに見えるのはただの黒に近い暗闇だった。

「…どうしようかなぁ、私、傘なんてひとつも持ってないのよねぇ。君も傘持っていないみたいだし」

男はまた手を動かして俺の髪を拭き始める。ケーキを食べてこの店を出る時間になってもこの雨は止みそうにもない。雨にびしょびしょに濡れたまま電車に乗るのは周りにも迷惑かけるし嫌だなと思っていた時、男の手が止まった。

「泊まってく?」

男の言葉に反射で「え?」と聞き返していた。目の前にある男の瞳はとても、怖いくらい静かだ。

「君の家が厳しくなければの話だけど。この雨止みそうにもないし、傘もないでしょ?」
「…」
「まぁ、君が決めてよ」

男の目が静かに細められて、俺は無意識に唾を飲んでいた。

「…泊まる」
「そう?なら服は洗濯しようか。着替え持ってくるからその間にでも親御さんに連絡してね。」

男は俺の頭にバスタオルを置いたまま、また二階へと上って行った。それを見届けてから鞄の中に避難させていた携帯を取り出す。ディスプレイの光が眩しくて目を細めながらリダイヤルボタンで実家へと電話をかける。静まり返った部屋の中に響くダイヤル音に、まるでいけない事をしているみたいだと思った。


「電話終った?」
「うん。友達ん家泊まるって言った」
「…ふーん、友達ねぇ」
「アンタのこと、説明出来る自信ない」

男は静かに笑いながら、ドアの方まで行くと鍵を掛けた。

「もう閉めんの?」
「開けてたところで誰かが来るとは思えないしね。今日は閉店」

俺や伊作以外の客なんて一度も見た事なかったからてっきりもう店としては営業していないと思っていたのだけれど、やはり営業していたのか。俺はそこに驚いた。

「着替え持ってくるって言ったけどもうそんまま二階上っていいよ」

男は階段へと足を掛けてから振り向いた。段が高くかなり急な階段はとても薄暗く、男が来ている服の色が溶け込んで見える。消えてしまいそうな背中に思わず声を掛けていた。

「…伊作は、」
「ん?」
「伊作は二階に行った事ある?」
「ないよ。どうしてそんな事聞くの?」
「…なんとなく」

男は振り返り、俺を見下ろして笑う。俺は俯いて鞄を抱きしめながら階段を上った。

「着替え持ってくるから待っててね」

男はそれだけ残して更に上へと階段を上って行った。俺は鞄を床へと置いて部屋を見渡す。十畳くらいのフローリングの部屋の真ん中にはダブルベッドが置かれており、その傍らには幾つか描きかけのキャンバスが置いてあった。この部屋にある家具はそれだけで、ベッドのシーツが皺ひとつないのと対照的にキャンバスの周辺には絵具やらが床へと転がっている。

部屋にキャンバスがあることには驚かなかった。何となくだけど、一階の壁に掛けられていた絵を描いたのはこの人なんじゃないかって思っていたからだ。だからキャンバスを見た時は驚くというより、やっぱりと思った。
キャンバスに描かれているものを見つめていると男が三階から下りて来た。その事に気付いてはいたけれど絵から視線を逸らさずに動かないでいると背後から男が抱き寄せてくる。

「アンタ、やっぱり絵描くんじゃん」
「聞かれた覚えも否定した覚えもないよ?」

首筋を舐められながらそういや質問したことはなかったっけ、と思う。ずっと思っていた事ではあったけれど、どうやら俺は口にはしていないようだ。
冷えた体に熱い舌が気持ち良くて男の顔へと手を伸ばした。包帯に指が触れ、髪が触れる。

「絵、見てるのに」
「絵見るために来たわけじゃないでしょ?」

男はそう言いながら肩へ歯を立てて、後ろから手を回してシャツのボタンを器用に外していく。

「そ、だけど」

男の指が肌を這い、乳首を摘ままれる。キスがしたいなぁと思っていると、そのまま後ろへと引っ張られてベッドへと転がされた。さっきまで皺ひとつなかったシーツに皺が出来た。

「さっきまで、綺麗だったのに」
「何が?」

男は鎖骨へと歯を立てて、顎を舐める。

「しー、つ」
「そんなの、今から汚すために決まってるでしょ?」

男は愉しそうに目を細めて笑う。一瞬だけ鋭くなった瞳に、食べられる、と思って目を瞑った。


静かな部屋に自分と吐息と男の呼吸音、そして水音がが響く。雨が降っているからかいつもより空気が重く絡みついてくる気がする。シーツの上を滑らせた腕がようやく男の頭へと辿りついてその髪を力なく掴んだ。

「あっ…もぉ…」

咥えこまれたものを吸い上げられて、背が反る。さっきまで冷たくなっていた体はもう熱くて溶け出してしまいそうだ。

「やっ…もう…で、るっ」

舌で鈴口を刺激され、裏筋を舐められるとあっけなく俺はイってしまった。
ぜいぜいと荒い呼吸のまま天井を見つめていると男の顔が視界に入った。顔を寄せられ口付けられる。口の中に広がった味が少し不快ではあったけれど、自分から舌を絡めて吸い上げた。

「ふっ…んっ…ふぁっ」

キスに夢中になっていると、男の指がいつもは触れない場所へと触れた。同時に舌を引き抜かれて声が上がる。

「あっ…そ、こは」

濡れた指で何度も入口を撫でられ、弾力を試すように指で強く押されるとそれだけで背筋が粟立つ。

「されるって分かって来たんでしょ?」

耳元で男の低い声がする。耳を舐める水音に溺れてしまいそうだ。部屋の中に立ちのぼる甘い匂いがして「あまい」と呟くと男が「あ、わかる?」と目の前で笑う。

「君、甘い匂いすきでしょ?」

唇を舐められて、その舌へと舌を絡めていると滑りを伴った指が一本入りこんできた。

「んっ…ふっ…あっ」

キスの合間に自分のものとは思えない声が漏れる。声を殺したくても指が増えて中で動かされるたびに零れてしまう。馴らせばさっさと突っ込むかと思っていたのに男は飽きないのかと思うほど指で掻きまわすだけだ。

「そろそろいいかな」

男が指を抜くと、そこがひくつくのが分かる。宛がわれたものの大きさに息を飲んだが、男はそんな俺のことをあまり気にしてはいないようでぐっと腰を進めて来る。
想像していた痛みはなかった。性行為をするような場所じゃないはずなのに、どろどろに溶けたそこは簡単に男のものを飲みこんでいく。

「あっ…やぁっ」

深くまで突き入れられて衝撃に耐えられず体が跳ねる。息を整えていると男が俺のものに手を伸ばして「挿れただけでイっちゃったねー」と笑った。

「痛い?」

男の言葉に俺は首を横に振る。

「くる、しいだけ」

息を吐きながらそう答えると男は「よかった」と俺の額へと口付ける。

「君のことを痛めつけたいわけじゃないからね」

男はそう言いながら腰を動かし始めた。すぐに好き勝手動き出すかと思っていたのに男は浅い場所で挿出を繰り返すだけだ。イくほどの強烈な刺激は貰えず、思考だけがただただ融かされる。男の息が耳に掛かるとそれすらも俺の体は快感へと変換していく。一番はじめに挿れられたみたいに奥まで欲しいのにと思いながら男を見つめていると視線に気付いた男が目を細めた。

「奥まで欲しい?」

その言葉に「ん」と返事をすると男の手が前髪を上げる。

「君、そういう瞳出来るようになったんだね」

瞳と言われても自分が今どんな瞳をしているかなんてわからない。

「やらしいよ」

耳元で男が囁いたのと深くまで突きあげられたのは同時で俺は甲高い声を上げてしまった。

「あっ…やっ…はあっ…やぁ」

何度も深くまで挿れられると目の前で星がチカチカと瞬く。酸素が足りなくて脳みそが馬鹿みたいに痺れて、縋りつくものが欲しくて男の首へと腕を回した。

「きもちいい?」

男のその言葉の意味を理解する前に首を縦に振っていた。唇から零れる声はもはや意味をなさないものばかりで、まるで発情期の猫が鳴いているみたいだ。
俺の弱い所らしい箇所を何度も突かれて、体を震わせてイくと、男が小さく呻いた。締めつけたからか、とその声の原因に辿りつく前に男が中で達したのが分かった。


体がまるで鉛のように重くて、頭を動かすのも手を動かすのもめんどくさい。瞼を開くと男が立ちあがったのが見えた。衣服をひとつも身に付けていない俺とは対照的に男はいつも通りの黒いシャツと黒いズボンを身に付けている。さっきまでセックスしていたとは思えないほど涼しい顔でキャンバスの前に置かれている椅子に座る男を見て、幽霊みたいだと思った。実態がなくて俺だけひとり踊らされているみたいだ。
喉が渇いたような、服を身に付けたいような、何かしなくちゃと思ってはいたけれど、何よりもまずだるくて動きたくない。

「こっち向いて」

男の言葉に体ごと視線を向けると男と目が合った。男はやたら尖った鉛筆を動かしはじめ、キャンバスを走るその音が室内に響く。
ケーキを作っている姿を見ていてもカウンターの前で立っている姿を見てもどこか違和感を感じたのに、キャンバスの前に座るこの人を見るとこの人は絵を描く以外の人ではないんだろうと思うくらいしっくり来た。
静かな部屋で男の鉛筆が走る音が心地いい。俺を見る男の瞳もいつもよりずっと男の本心に近いものがあるような気がして心地よかった。もう小一時間ほどこうしていただろうか。さすがにだるさも余韻も薄れてきて俺は男を見つめたまま唇を開いた。

「アンタ、画家?」
「んー?」
「一階にある絵、アンタが描いたんだろ?」
「ふふっ、どうしてそんなこと聞くの?」
「アンタ、きっと絵描く以外出来ない人だろうなって。人も描くの?」
「元々は人物描きだったんだけどねぇ。ここ数年は人物から離れてた絵ばかり描いてて、さっき来たスーツの子がしょちゅう人物を描いて下さいって言いに来るのよ。若いと情熱あるから厄介よねぇ」
「ふーん。俺は描くの?」
「…私も驚いてるよ」

そう言った男の顔は全然驚いていなくて、本当にこの男のことは何も分からないなと思った。さっきは幽霊みたいだと思ったけど、幽霊に悪い気がしてきた。

「腹減った」

寝がえりを打って男に背を向けると「君、」と呼ばれる。

「こっち向いてよ」
「…俺、モデルになるなんて言ってねぇし」
「そりゃそうだけど」
「お腹すいた」
「…今日はケーキじゃなくてアイスなんだけど」
「アイス?」
「そう。バニラとストロベリーとチョコの三種類」
「何でアイス?」
「梅雨終ると夏でしょ?暑くなったら冷たいものがいいじゃない」
「…俺、全種類食べたい」
「はいはい。入れて来るからちょっと待ってて」

男はようやく絵を諦めてくれたようで、すぐに一階へと下りて行った。遠ざかる足音を聞いて瞼を閉じる。体が疲れているからかベッドに吸い寄せられているみたいだ。
唇に冷たいものが触れたと思って瞼をあけると男の顔がそこにあった。キスをされていると気付くまで時間がかかって、冷たいものはアイスだと気付くにも時間がかかった。バニラが舌の上で溶けて甘い。

「体起して」

男の言葉通りに体を起すと皿を手渡された。白いボールのような深皿に三種類のアイスとフルーツが添えられている。皿を手渡されたのにも関わらずスプーンを持たないで口を開けると男が呆れたように笑った。

「自分で食べなさい」
「だるい」
「我儘だなぁ」

男は苦笑して皿を受け取った。
口元に運ばれるスプーンは冷たくて、口の中に入れると舌が驚く。口の中に入っているフルーツを食べながら視線をベッドの上に移した。皺ひとつなかったシーツはぐちゃぐちゃのどろどろで半分はベッドから剥がれてしまっている。
シーツがこんな風になる過程を思い出してしまい、背徳感と罪悪感が過った。

「乱れちゃったね」

男の言葉に顔を向けると男は愉しそうに笑う。

「シーツ綺麗にしてた甲斐があったなぁ」
「そういうもんなの?」
「君のその表情が見れたからね」
「アンタ変態?」

男にそう返すと男は笑ってスプーンを口元へと運んできた。スプーンに唇を突かれて首を横に振ると男は困ったような顔をしてスプーンを下げた。俺はバニラにもストロベリーにもチョコにも首を横に振る。

「欲しいのはそれじゃない」

男はようやく気付いたようでスプーンを皿へと戻して顔を近づけて来る。男の首に腕を回すと男が皿をベッドへと置いてベッドに押し倒された。深くなっていくキスにもう一回ヤるんだろうか、体は持つかなぁと考える。
視界の端に見える白い皿の中に残されているアイスを思い浮かべて、きっと終る頃にはドロドロに溶けてるんだろうなぁとキスの合間に思っていた。







(2010/03/27)