あの人の神様。








R-18描写があります。苦手な方はそっとブラウザを閉じてね。
構わぬ!という心臓が強いだけどうぞ。






窓がないこの部屋はとても静まり返っていて自分の呼吸音がとてもうるさい。皺ひとつなかったシーツはもう既に大きな皺が寄っている。湿気を取る為にエアコンがついていたけれど体はもう熱くて汗が首筋から胸元へと流れた。

「あっ…んんっ…」

何も身に纏ってない姿でベッドの上へと体を横たえ、指定されたはずの姿勢から少しずれた形で自分の性器を扱く。既に手は先走りでどろどろに汚れていて、不意に視線を上げると男の冷静な目とぶつかった。顔には包帯が巻かれている為、見えるのは右目だけで、それでも黒く、冷静で静かなその目に見られているかと思うと余計興奮してしまう。いつの間に自分はこんな変態になったんだろうと一瞬思いかけたけれど、男が吐いた溜め息に背筋が戦慄いてすぐその思考は消えてしまう。

「はっ…あぁっ」

男がいつもするように鈴口を自分の指で弄ると強い快感に涙が零れる。どろどろと手を汚した液体は尻の割れ目の方まで濡らしていて、シーツにも染みを作る。
そっと濡れた指で自分の乳首を摘まむと拙いその快感がもどかしかった。男がしてくれるようには出来ず、弱いその刺激を繰り返し、左手では勃ち上ってドロドロに涎を垂らしている竿を握る。後ろも自分でやってみようかと思ったけれどまだ怖く、手は伸びない。
じっと男を見つめて手を動かしていると、男が大きな溜め息を吐いてやっと尖った鉛筆を置いた。そして腰を上げて近付いて来る。キスがしたい。そう思って舌を出すと男が困ったように笑ってキスをしてくれた。

舌を絡ませて強請るように体を押し付ける。男が体を抱き寄せたことが思ったより嬉しくて目を閉じて男の首へと腕を回す。
キスが終わるとやっと男は体に触れてくれた。大きく、体温の高い掌が体へと触れるとそれだけで気持ちがいい。男は暫く乳首を悪戯するように触ったけれど、俺が腰を押しつけると困ったように笑って俺をうつ伏せにさせた。尻だけを高くあげるような姿勢で不安になって振り向くとローションを付けた指をこれ見よがしに見せつけた男が笑う。

「今日はモデルを頼んだつもりだったんだけどなぁ」

とろりとした液体を伴った指が既に濡れている双丘の奥を触れ、それだけで声が漏れた。

「はっ…あぁっ」

指がずぶずぶと奥まで入っていき、中を擦られると無意識に締めつけてしまう。中をかき混ぜるように遠慮なく動く指が与える快楽でうまく息が出来ない。

「やっ…前もっ…」

後ろだけでは達することが出来ない。早くイってしまいたくて振り向きながらそう頼んでみたけれど男は愉しそうに笑うだけで触れてはくれなかった。代わりに前立腺を指先で強弱を付けて触れてくる。

「あぁっ…んっ…」

男が触れてくれないならと、涙を零しながら自分で触ろうと手を伸ばすと男は「だめ」と俺の手を止めた。

「これはお仕置きだからね。だめ」
「…な、んで?」
「何でって、分かるでしょ?今日はモデルだけって話だったのに勝手にひとりで遊び始めちゃうし。絵が進まないでしょ?」

男は淡々とした口調でそう告げたけれど指は遠慮なく弱い所ばかり触れて来る。男の声よりも自分の甘えたような声が大きくてうまく聞き取れない。

「あっ…いっ、やだっ」
「嫌だじゃないでしょ?」

笑うような男の声が耳元で聞え、指が引き抜かれた後に別のものが宛がわれたのが分かる。挿ってくる感覚に無意識に体に力が入ってしまい、耳元で「力抜いて」と囁かれ、そのまま舌を這わされた。

「あっ…あぁっ」

軽く揺すられるとそれだけで気持ち良くてどうしようもない。呼吸する為に開かれた口から垂れた涎がシーツへと染みをつくる。

「気持ちいい?」

男の言葉に頷くと男が嬉しそうに笑ってさらに腰を揺する。それでもまだイくことが出来なくて弱々しく首を振ってみたけれど男は気付いているのかいないのか、腰を振るだけで前には触ってくれなかった。

「あぁっ…イ、きたいっ」
「イったらいいじゃない。気持ちいいでしょ?」

残酷な男の言葉に涙がぽたりとシーツへ落ちる。
不意に俺と男以外の音が空気を揺らした。何だろうと思って顔を上げると目の前のドアが開いていて、スーツ姿の知らない男が立っていた。誰だろうとか、考えるべきことや言うべきことはあるはずなのに溶けたような思考回路ではその男はどうでもいいものとして処理されてしまう。見られているということすら脳裏に残らず、ただ早くイかせてほしいと甘えるように啼くことしか出来ない。

「どうしたの、諸泉くん」

男はうろたえる様子も見せず、腰を打ちつけながらスーツ姿の男へと声を掛けた。

「…犯罪ですよ、教授…」

スーツ姿の男も顔色ひとつ変えず、いや、本当は変えたかも知れないが行為に溺れている自分にはそれすら気付けない。ただ男と同じように冷静な声で「取り込み中らしいのでまた来ます」と聞えた気がした。

「あ、諸泉くんもちょっと手伝ってあげて。この子、胸弄られるの好きだから」

男はそう言ったかと思うと俺の体を起こした。背面座位のように体を起こされ、顔を上げると男と同じような冷静な瞳と視線が合う。

「ね、触ってあげて」

言葉とは裏腹に有無を言わせない男の口調に、スーツの男も仕方ないというように溜め息を吐く。そして鞄を下ろしたかと思うとそのままベッドへと腰を下ろした。

「あっ…んっ」

冷たい指先に触れられ、甘い声が零れる。知らない人に触られているということもあるのか、自分の拙い指先より快感をくれるその指に翻弄されてしまってろくに抵抗も出来ない。強く摘ままれると声が漏れ、もっとと強請るように無意識に男の手へと胸を押しつけていた。

「あっ…やっ…もっ、イっく」

胸を触られたことにより限界が近づいて、目の前のスーツの男を押しやって何とか振り向こうと身を捩る。それに気付いた男が姿勢を崩させて、ようやくキスが出来た。夢中で舌を絡めていると、男が強く突きあげ、その衝撃に耐えきれず白濁が自分の腹と男の服を汚した。


はぁはぁと、まるで動物のような自分の呼吸が煩い。涙はまだ止まらなくて視界はぼやけている。

「君、もう十分でしょう?」

黒い髪を男が撫で、その手へとキスを落とすと男が嬉しそうに目を細めた。
キスが欲しくて顔をあげると、男も唇を近づけてくれる。

「やっぱり出直します」
「あ、私も下降りるから」

スーツの男が帰ろうと背を向けた時、その背へと男は声を掛けた。そして一緒に下へと降りて行ってしまう。
今更だが、スーツの男に見覚えがある気がした。確か、この喫茶店から出て来るところを一度だけ見たことがある。そこまで考えて、そこから先の思考は手離した。まだ脳は甘い痺れに酔っていて、だるい身体がベッドへと沈みたがっている。ドロドロのシーツの上に横たわったまま、今日は何時に帰れるんだろうと瞼を閉じた。


*:*:*


「…私が仕掛けたわけじゃないのよ?モデル頼んでたんだけどあの子がひとりで悪戯始めちゃってねー。ほんと乞う手段なんか教えるんじゃなかったなぁ」

目の前で恩師は溜め息を吐いてみせたけれど言葉ほど困っているようには見えなかった。この人がこういう状況を楽しまないはずがないことを知っているから、どうしてもあの子の方が被害者に見えてしまう。

「…ほんと、ばれたら捕まりますよ」
「ばれなきゃいいでしょ?君は黙ってくれるだろうし」

包帯で隠れている為に片方しか見えないその目はちっとも笑ってはなく、ただ口元だけが奇妙に弧を描いている。

「…あの子放っておいてよかったんですか?」

くたんとベッドへ身を横たえて、涙ながらに快楽から逃れようと身を捩らせていた黒い髪の少年を思い出しながら恩師へと尋ねると恩師は「あーあの子ね、終わるといつもお腹すいたって煩くなるのよねぇ。だから甘いものを持って行くの」と、キッチンへと向かった。


不意に顔をあげると壁に掛けられている絵に視線が向く。それは恩師が描いたあの少年の絵だった。鉛筆だけで描かれた絵だけれど、瞳だけに赤く色が入れられている。少年は確か15、16くらいに見えたが、この絵に描かれている表情には子供らしさなど欠片も見れず、驚く程に艶っぽい。
一度彼を見掛けた時は、そこら辺にいる普通の少年にしか見えなかったのだけれど、この絵を見る限りモデルとしてずば抜けているように感じる。やっていることは犯罪だけれど、この表情を引きだして、描くことが出来る恩師の実力と才能は尊敬に値するものだった。

「あー、その絵ね、それは売らないよ」

キッチンから戻ってきた恩師が絵に釘付けな俺を見てそう言った。手には切り分けられたロールケーキがのった白い皿を持っている。きっとあの少年へ食べさせるのだろう。

「で、諸泉くんは何の用だったの?」
「…手紙でお知らせした件についてです」
「あー…断ったつもりだったんだけど」

黒く短い髪を掻くようにしながら恩師は興味もないというように視線を逸らした。

「でも、教授が肖像画の一枚描けば、今後もずっとバックアップしてくれるって言うんですよ?いい話じゃないですか。絵を描くにはどうしても金は必要なんですし」
「教授はやめてよ。もう教授職は辞めたんだから」

恩師は話に水を差しながら笑う。
絵を描き続けるんはどうしても後ろ立てが必要だ。それがあるかないかはチャンスの数にまで大きく影響を及ぼす。それを恩師だって知らないはずがないのに彼は頑なにこのおいしい話を拒んでいるのだ。

「…悪い話じゃないのは分かるんだけどねぇ、私、今あの子以外描く気ないから」

恩師は苦笑しながらそう告げた。その言葉を聞くと俺は何も返せない。返せる気がしなかった。
二階のあの部屋に幾つもの少年の絵が散らばっているのを見た時、この人は当分あの少年しか描く気がないのだろうと分かってしまったからだった。
ベッドしかないあの部屋は今やあの少年の絵で埋まりかけている。

「…当分ってどれくらいですか?」
「さぁ、あの子飽きないのよねぇ…もしかしたら一生だったりして」

そう言って笑った恩師の顔はそれを望んでいる風でもあった。

「…神様に見染められた少年ですか」

恩師の名前は日本だけじゃなく世界でも知る人は知っていた。その絵には信じられないような値段がつく。恩師は自分の絵がどれくらいの値段で売れるのかなどまるで興味がないようだが、それでもまだ学生だった自分から見ると彼は才能に溢れた絵の神様のように見えた。この人に描いてもらいたいという人が日本だけでも数多くいることを知っているし、実際そういう話を持ちこまれることだってあるのだ。それでも彼はそんな話に一度だって快く頷いたことはない。
その彼に何枚も描いてもらえる彼は、さながらシンデレラボーイのように思える。

「違うよ」

恩師は苦笑しながら俺の言葉を否定した。

「何がです?」
「あの子が私のミューズなんだよ」

優しく、まるで慈しむような視線を絵に向けて笑う恩師の表情は今まで見たことがないものだった。ここ数年は絵に対しても投げやりに見えた彼の姿勢がここに来て随分と変わっていることに気付く。誰がどう言ったってきっと彼は暫くはあの少年の絵しか描かないだろう。
その暫くがあと半月なのか、半年なのか、もしくは数年なのか生涯なのかはきっと誰にも分からない。

「あら…」

不意に恩師が階段の上を見上げたのでつられて視線を向けると二階から少年が顔を出してこちらを窺っていた。視線が合うと部屋の奥へと引っ込んでしまう。初対面の時も思ったけれど、まるで猫みたいな印象を受ける。その猫を目の前の人は手懐けてしまったのだろう。

「君がいるから降りてこれないのね」

言外に、早く帰れと言われている気がした。

「…先方には俺から断りの電話入れておきます」
「悪いね」
「いえ、俺は教授のいい作品を見ることが出来ればいいので」
「だから教授はやめてよ」
「では、雑渡先生。今日はもう失礼します」

イヤミのつもりで「先生」と呼んだことに気付いたのか、彼は笑っていた。

頭を下げて店を出ると、空はもう赤く染まっているのが視界に映る。
振り返ると恩師のアトリエである店が見える。先ほどまで立っていた階段前には誰の姿もないところを見るともう二階に上ってしまったんだろう。
不意に視線を二階に向けた時、窓のない部屋で恩師がまだ子供らしさの抜けない少年へと向けた視線を思い出して背筋がぞくりとした。あれは、ただのモデルを見る目ではない。あんな視線を向けられて、まだ子供な彼が普通でいられるはずがない、あてられないはずがないのだ。

「教授はあの子が悪いと言っていたけれど、あの子をあんな風にするのは教授の視線だって気付いてないのだろうか」

ふと湧いたその疑問を深く考える前に携帯が鳴る。
慌ててディスプレイを見ると先ほど話題に出た人物からで、どんな断り文句を言えばいいのかと考えながら通話ボタンを押してそのままその場を立ち去った。


(fin.)