ジンジャエールに溶けた夏
R-18描写があります。苦手な方はそっとブラウザを閉じてね。
構わぬ!という心臓が強いだけどうぞ。
夏の終わりに気がつくとそれはあっという間に秋を連れて来た。バイト先に向かう道のりで赤蜻蛉を何匹も見掛けたし、道の傍にコスモスが薄いピンク色の花を咲かせ始めている。見上げた空もバイトを始めた時よりずっと高く、そして薄い色になり始めている。けれど陽射しだけはまだ夏のもので、それに胸を撫で下ろした。
いつもより少し早く店へと着き、店内に入るとすぐに男が顔出した。
「いらしゃい、留三郎くん」
男はいつもの様に笑って手招きをする。「こんにちは」と言いながら留三郎がサンダルを脱いで畳間へ上ると畳間には浴衣らしきものが一着広げられていた。
「これは?」
紺色の生地に白と赤の蜻蛉の柄が入っているその浴衣を見つめながら男に尋ねると男は「君にと思って」と浴衣を広げた。
「俺に?」
「そう。今日祭りあるでしょう?夏休み最後なんだし、店早めに閉めて行こうよ。君はずっとバイトで夏休みらしいこと何もしてないでしょう?」
男の言葉にそう言えばそうだなとこの一ヶ月を思い返す。海どころかプールも行ってないし、ゲーセンにも結局顔を出さずじまいで伊作が帰って来たと分かってるのにゲームをする為に押し掛けたりもしていない。
「だから祭りくらい行こう。私が奢ってあげるから」
男はそう言いながら「ジンジャエール淹れて来るから汗を拭いておいて」と手拭を渡してくれた。
店を4時に閉めて5時くらいから祭りに行くことになり、いつもより早く店を閉める分やることは沢山あった。最後のバイトの日だから店を綺麗に掃除したかったのだ。本の埃を落とし、ガラス戸も綺麗に拭き、床を箒で掃いた後にモップをかけた。それだけであっという間に数時間たち、「店閉めちゃっていいから」と男が店に顔を出した。言われた通り留三郎は店を閉めて畳間へと上る。
汗を軽くシャワーで流すよう言われ、ついでに髪まで洗って戻ると留三郎に着つける為の浴衣を広げて男が待っていた。下着一枚身に付けただけの姿が無防備な気がしてそわそわする為留三郎は畳間の入口で立ち止まる。
「ほら、おいで」
男が目を細めて笑い、手招きをした。
「ん」
男の前に立つと座っていた男が腰を上げる。
「髪、ちゃんと拭かなきゃ」
「拭いたって」
「まだ濡れてるよ」
大きなバスタオルを頭に乗せられ男が髪を拭く。こんなこと親や兄貴にだって何年もされていないのにと恥ずかしくなって俯くと「ほら、顔上げて」と男の声が聞こえた。顔を上げるとすぐ目の前に男の顔がある。目が合った瞬間に優しく細められたその目尻の皺が好きだなぁとずっと思っている。
「じゃあ浴衣着ようか」
男の手が止まり、バスタオルが畳の上にパサリと落ちる。
「うん」
小さく頷いて浴衣に袖を通すと男は器用に浴衣を着せていく。きっといつもの様に体に触れて来るだろうと思っていたのに男の手はそういう風には体に触れて来なかった。勝手に意識していた自分が恥ずかしくてずっと俯いたまま男に言われる通りに腕を上げたり下げたりしているとあっという間に帯を締めて「完成」と男が腰を叩く。
「似合う似合う」
男はにっこりと楽しそうに笑い、「鏡見ておいで」と背中を押した。男に言われた通り鏡の前に立ってみる。足の方に描かれた赤蜻蛉の柄はとても夏の終わりに相応しい。けれど自分に似合っているかはよく分からなかった。振り返って男の方を見つめると視線に気付いた男が隣りに並んで鏡を見つめる。
「変じゃない?」
「どうして、似合ってるでしょう?」
「…浴衣なんて初めて着るから似合ってるのかよく分かんない」
「そう、私はとてもよく似合っていると思うよ。柄も君に似合うの探してきたからね」
男は鏡の中の俺を見つめて「似合うよ」ともう一度言ってくれる。いつも自分に似合う和服を選んで着ている男がそう言うのだからきっと似合っているのだろうと留三郎はもう一度鏡の中の自分を見つめた。
5時のチャイムが鳴り始め、男が「そろそろ行こうか」と何やら箱を取り出した。
「これ、君の下駄ね」
「俺の」
「そう。ほら、履いてみて」
男に言われるまま履いてみる。下駄なんて初めて履くので親指と人差し指の間が痛い。けど自分の為に用意してくれたものを履かないとは言えなかった。だから「どう、大丈夫?」と尋ねてきた男に留三郎は「うん」と頷き、そしてジャンプまでしてみせた。
「じゃあ行こうか」
男に手を引かれて留三郎は店を出る。
夕闇が漂う町の向こうにぼんやりとした明かりが見えて揺れていた。ヒグラシとコオロギが同時に鳴き始め、赤蜻蛉がすぐ隣りを横切る。沈んでいく太陽の赤い光に照らされたコスモスの色は儚げでとても綺麗だった。
祭りといっても大きなものではなく、隣りの商店街と合同で行われる町内祭りだ。商店街や公民館の広場に出店が並び、お面を付けた子供達が楽しげに駆け抜けていく。「いらっしゃい」と客引きの声が響き、美味しそうな匂いが辺りに充満している。祭り独特の喧騒に留三郎のテンションは少しずつ上って行った。
「何でも買ってあげるから欲しいものがあったら言ってね」
振り向いた先に立っていた男は、そう言って微笑んでいた。
すっかり太陽は沈んで辺りは暗くなっている。背後の方から子供達の声や祭り太鼓の音が響いていて、誰もいない道の静けさには程遠い。
「痛っ」
小さな石に下駄がぶつかり、傷へと響いて足を止めた。
「もうすぐ着くよ」
足を止めた留三郎に男はそう声を掛けてくれる。男はゆっくり歩く留三郎に合せて歩いてくれていて、荷物を全て持ってくれている。お蔭さまで今の留三郎は手ぶらだった。
祭りを1時間ほど楽しんだ頃から足が痛みはじめ、そして我慢できなくなって男に告げると足の傷を見た男が「靴ずれだね」と言った。下駄なのに靴ずれっていう表現おかしいよなぁなんて思いながらも痛みに耐えられなくなって帰る事になったのだ。もうすぐ花火が上ると聞いていただけに悔しかった。
「花火はうちの二階からも見えるはずだから」
残念がっている留三郎に男はそう声を掛け、そして留三郎の荷物を全て持ってくれる。考えてみればこの人はいつも優しかった。それだけに祭りを最後まで楽しめなかった事が悔しい。もう一緒に居る時間はないに等しいというのに、こんな終わり方になってしまったのがとても悲しいのだ。
店の入り口はシャッターを下ろしているので裏口から家の中へと上る。腰を下ろし、下駄を脱ぐと暗い中でも僅かな光を受けて足の赤く痛々しい色が見えた。
「痛ぇー」
膝を立て、痛む場所を指で触れては顔を顰める留三郎の前に男は屈んで留三郎の足を取った。
「う、わ、なに」
急に足を高く上げられ、肌蹴た浴衣の間から脛だけじゃなく太腿までが覗く。浴衣を抑えようと両手を伸ばしてしまった為、背中から床へ倒れ込んでしまった。
「消毒しようか?」
男はそう言ったけれど、早く足を離してほしかった留三郎は「大丈夫、唾つけときゃ治るから」と乱暴に返す。
けれどやはり男の方が何枚も上手で、「ふぅん」という男の声が聞こえたかと思うと男は足へと顔を近づけて指またの傷へと舌を這わせた。
「な、に、痛っ」
柔らかい舌が何度も傷口をなぞり、時にはそのまま押されてしまう。その度に痛む傷口に留三郎の口からは声が零れ落ちた。
「やめ、ろって」
そう言っても男は目を細めて笑うだけで足を離してはくれない。
「やだ」
男から逃げようとずるずる後ずさりをして畳間へと逃げたけれどすぐに追いつかれてしまった。引きずった所為か浴衣の帯は外れかけていて、暗い部屋の中に白い足と胸元が浮かび上がっている。
「君が治るって言ったんじゃない」
「それは、自分のって意味で、アンタのじゃない」
圧し掛かってきた男にそう返すと「知ってたけどね」と言われてしまった。アンタが知ってた事くらい、俺だって知っていたと返す前に唇を塞がれ、舌が入り込んでくる。
静まり返っていた空に突然轟音が轟く。縁側の雨戸は開いていて、そこから見える空が一瞬明るくなった。花火が始まったのだろう。けれど留三郎も男もキスを止めることはしなかった。
「きゅ、うに何すんだよ」
男がようやく唇を離した時、呼吸の合間にそう告げると「急じゃないでしょ」と男が耳元で囁く。吐息とその声にぞくぞくと背筋が震えて苦しい。
「君、浴衣着る時から触って欲しかったでしょ?」
「な、ちがっ…あっ…」
胸元へ顔を埋めた男の舌が既に硬くなっている乳首を弾く。歯を立てられると体が跳ねるのが恥ずかしい。
「んっ…あぁっ…それ、や、だっ」
吸われると体が震えて力が抜けてしまう。男の頭に腕を絡めてされるがまま声を上げていると男の手が露わになっている太腿を擦った。辛うじて巻き付いていた帯を解き、下着を脱がされる。あっという間に全裸にされて男の手と舌が至るところに触れてきた。硬く勃ち上ったものは既にとろとろと液を零し震えていて、男がようやくそこに触れてくれると声が抑えられない。自分の手の甲を噛んで声を抑えようとしている留三郎の手を口から離し、男はキスをしてきた。舌を絡めて擦りあげる。それだけで下半身が疼いて仕方がない。
前を解放させる前に、濡れた指で男は後ろの入口へと触れる。もう力を込めずに指を迎え入れることが出来るその場所にあっという間に二本の指が入ってくるのが分かった。粘膜を擦られると上擦った声が止まらない。男の舌はまだ胸元から離れず、上と下を同時に刺激されどうにかなりそうだった。
指が三本に増え、男が弱い所へと触れて来る。もうすぐ絶頂だと分かっているのだろう。きゅうきゅうと無意識に締めつけるそこで指を乱暴に抜き差ししては乳首へと歯を立てる。
「あっ…やぁっ…やめ、て」
首を横に振ってそう言うと男が笑いながら「イきなよ」と囁く。それでも留三郎は首を横に振った。
「あ、アンタの、挿れて」
涙を浮かべたまま留三郎はじっと男の顔を見つめる。男は一瞬呆けたような顔になった後、目を細めた。その表情に留三郎は息を呑む。今まで見た事がない表情だったのだ。まるで知らない人みたいだ。
「…君、それだとセックスになっちゃうよ」
男は平常心を取り戻したように、いつもの落ち着いた声で耳元で囁いた。その声すら快感へと体が変換してしまってもどかしくて仕方ない。
「いい、アンタとしたい、挿れて、早く」
腰を押しつけるようにして男へ催促をすると男は呆れたように溜め息をひとつ吐いた。
「泣いてやめてって言っても止めてあげないよ?」
「…好きにして、いいからっ」
男の首へと腕を絡めてキスを強請るとちゅっと音を立てて触れるだけのキスをくれた。
「君、そんな言葉誰から習ってくるの」
そう聞いてきた男に「俺はアンタしか知らない」と言うと「罪だなぁ」なんて男は笑って熱いものを入口へと押しつける。
体へと入ってくる熱の塊に涙を浮かべ震えながら男へと抱きついた。体中が熱くて仕方がない。涙が浮かんで目の前の男の顔もよく見えなかった。それでも体に入り込む熱だけは確かで留三郎は夢中で男の名前を呼び続けた。
さっきまで聞こえていた花火の音がとっくに止んでいることにも留三郎は気付かなかった。
(2010/09/25)