ジンジャエールに溶けた夏
R-15描写があります。苦手な方はそっとブラウザを閉じてね。
構わぬ!という心臓が強いだけどうぞ。
昼ご飯を食べて家を出ようとするとキッチンから母親が顔を出して「今日も夕ご飯食べて来るの?」と聞いてくる。留三郎は「うん」と頷きながらサンダルを履く。
週に4回帰りが遅くなる事を留三郎の家族は誰も案じていない。また留三郎自身も少々の後ろめたさはあるものの好奇心には勝てないのだ。
「今日も遅くなるから。じゃあ行ってきます」
そう言って家を出ると太陽は既に真上に昇っていてぎらぎら照りつけて来る。なるべく影を歩きながら留三郎はバイト先である黄昏書店へと急いだ。
ガラス戸には『営業中』の札が掛かっていて、留三郎は開いていたガラス戸の隙間から店内へと入る。扇風機はいつ壊れてもおかしくないような音を立てながら風を送っている。それらは全ていつも通りだ。
「こんにちは」
男が奥から顔を出してにっこりと笑いかけた。
「暑かったでしょう。飲み物淹れてあげる。何がいい?」
男は送られて来たというカルピスを見せたけど留三郎は「ジンジャエールでいい」と返しながらサンダルを脱いで部屋に上った。男が作ってくれるジンジャエールは留三郎のお気に入りになっているのだ。
「留三郎くん、ほら」
ジンジャエールを運んできた男は一緒に葛餅も出して来た。
「食べようとしてた時にちょうど来たからね。京都から送られてきたんだよ」
男の言葉に頷きながら手を伸ばす。さすが本場の味だねなんて男は言っていたけど葛餅なんて初めて食べる留三郎には美味しいということしか分からない。
「しょちゅう色んな物送られてくるんですね」
確か昨日も酒が届いたって言っていたような気がしてそう言うと男は「まぁ、仕事がらみでね」と返した。
「仕事って、本屋じゃない方の?」
「そうそう、本業の方で知り合った人たちだよ」
本業という言葉に答えを聞きたくて「何が本業なの」と口にする前に店のガラス戸がガタガタと音を鳴らした。
「雑渡先生、いますかー?」
そんな声まで聞こえて来る。
「先生?雑渡って店長の名前?」
留三郎がコップをテーブルの上に置いて男の方を見ると男は「そうねぇ」と適当に相槌を打ちながら店へと出て行く。その後に着いていくと男の人が2人、店に入ってくるのが見えた。1人は社会人っぽいけれど、もう1人はどう見ても大学生くらいにしか見えない。
「いやぁ、居てくれれよかったです」
「そう思うなら前もって連絡くれればいいのに」
「前もって連絡したら貴方逃げそうだから」
眼つきが鋭い方の人がそう言い、「実際に過去に2回やられましたからね」と笑う。その人の言葉に男は苦笑した。連絡が来たら男が言った通り逃げるつもりだったのだろう。
「で、高坂くん。今日は何の用?〆切までは時間あるでしょう」
男は少し面倒くさそうに溜め息を吐いた。それを取り繕うように高坂と呼ばれた人が隣りに立っている若い、大学生くらいにしか見えない人の肩を叩く。それが何かの合図だったのか、大学生は急に口を開いた。
「あ、あの、諸泉と申します!雑渡先生の本は全て読んでます!」
勢いよく頭をさげたその人はそれっきり動かない。
「…諸泉君は今度うちのとこにバイトで入ってくれた子で雑渡先生のファンだと言うから会わせてあげようと思って今日来たんです」
高坂と呼ばれた人は照れたような笑みを浮かべていて、固まったまま動かない諸泉の背中を叩いた。
「それにしても前もって連絡してくれたらいいのに。そしたらもっと少しはどうにか出来たじゃない。まぁ、上って」
男の言葉に従うように2人は奥へと進んでいく。留三郎はそれを端から見つめていた。
留三郎はいつも通り、店のレジが乗っている机に本を乗せて店番をしていた。けれど背後から聞こえて来る話声が気になってとてもじゃないが集中出来ない。
男の本業は作家らしい。それは3人のやり取りで得た情報で男の口から聞いたわけではなかった。あまりにも気になったもんだから、お客さんにお茶を淹れるのは仕事のひとつだと思いついた留三郎はお茶を淹れる為に畳間へと上った。しかしそこに3人の姿はなく、階段を上った先にある男の部屋から笑い声が聞こえる。留三郎は足を止めて2階を見つめた。
自分には部屋に入るなと言った癖に2人はさっさと上げた男に何だか複雑な感情を抱きながら留三郎は階段を上った。コップからお茶が零れないようにと慎重に歩いて階段を上り終えると留三郎が襖へと手を伸ばす前に開かれる。
「あ、お客さんにお茶?ありがとう」
襖を開けたのは男で、にっこりと笑って留三郎の頭を撫でた。子供扱いのそれに嫌な気分になったが、両手が塞がっていた為男の手を払うことは出来なかった。
客である2人の前にお茶を置いていると高坂と呼ばれていた人が「この子は?」と男へ尋ねる。
「あーこの子はね」
男がそう言って留三郎の腕を引き、隣りへと腰を下ろさせる。自分の事をこの2人に何と紹介するのだろうかと留三郎は不安になりながら黙っていた。
「うちの店のバイトの子。とてもいい子でね、可愛いでしょう?」
男がやたらと頭を撫でたりするもんだから恥ずかしくて顔が熱い。きっと真っ赤になってるんだろうと思うと恥ずかしさのあまり留三郎は2人の顔を直視できなかった。
「え、バイト?」
そう言ったのは諸泉だった。驚きのあまりお茶を零しそうになっている。
「雑渡先生バイト募集していたんですか?それなら、私も応募すればよかった…一日中傍に居れるなんて…!給料なんていらないですから私も雇って下さい」
ぺこりと土下座までした諸泉に留三郎は驚きのあまり固まった。正直に言うと土下座なんて生で見たのは初めてだ。
ゴミ出しでも掃除でも何でもしますと土下座をしている諸泉に男は笑いながら「君、それ本当?」と返した。
「2人雇う余裕はないんだけど給料いらないなら雇っちゃおうかな」
そう言って笑う男の横顔を留三郎は思わずじっと見つめる。
「いやいや、だめですよ。この子うちでバイトしててようやく明日から一人で作業入るんです。辞められたら困ります」
高坂さんが必死に手を横に振り、諸泉の背中を叩いてはそう言う。
「あー…そうなんですけど、でもそれくらいの心持で先生のこと好きですから」
「嬉しいねぇ、有難う」
男の腕が伸びて諸泉の頭を撫でた。それは自分を撫でるのと全く同じもので、留三郎は自分の機嫌がどんどん悪くなっていくのが分かる。でも何が原因なのかはいまいちよく分かっていなかった。
結局2人はそれから一時間くらい話に花を咲かせてから帰って行った。諸泉は相当この男が好きなようで帰り際に何度も握手をして、わざわざ持参していた本にサインまでもらい、そして最後に「バイト辞める時声かけて」と留三郎に名刺まで渡した。そんな諸泉に男は優しく声を掛け、最後はわざわざ店の外に出て手を振って見送った。
2人がいなくなると家の中はまたいつもの静けさが戻ってくる。留三郎は2階の部屋に残った空のコップを片付けながら窓の外を見つめる。高台にあるここからの眺めはとても良く、ゆっくりと下っていく坂の上には青い空が大きく広がる。眩しいほどの青い空を白い雲が汚していて風が吹く度に形を変えていく。
「一枚の絵みたいでしょう?」
その声に振り返ると男が笑いながら立っていた。
「ここからの景色だけ気に入ってるからね」
男はそう言い終わるなり長机の前に腰を下ろす。そして肘をついては窓の外を眺め、風に吹かれた風鈴が音を立てる。その光景が絵のようで留三郎は「絵見たいだ」と呟いた。その声に男が振り返り、そして目を細めた。
「でしょう?」
「うん」
「君もたまにはこの部屋に来るといいよ」
「…前はだめだって言ってたのに?」
「あーあれはね、ほら、原稿出しっぱなしだったからね。片付けている間はいいんだよ」
丸められて捨てられていた紙のことかと思い当たる。そして丸められてぐしゃぐしゃになった白い紙が散乱していたこの部屋だって絵になっていたのいと留三郎は思っていた。だっていかにも作家の部屋って感じじゃないか。
「何だって過程が一番醜いだろう?まぁ、その分愛着はあるんだけれどね」
「よく分かんねぇ」
「まぁ、分からなくていいことだよ」
男はそう言って「早く片してきなさい」と留三郎が持っているコップを見た。
「うん」
「お客さん来たら呼んでね」
「わかった」
留三郎は盆にコップを乗せてそのまま階段を下りる。もう既に時計の針は3時半を指していて残りのバイト時間は一時間半もない。
「今日は何かはやいなぁ」
コップを洗いながら大きな鳩時計が鳴いて時間を知らせるのを聞いていた。
いつもならこの時間が来る前に2回くらい眠気に襲われて何処まで読んだか分からなくなって本のページをペラペラ捲っては記憶している部分まで遡っているし、そして猛烈な眠気が来た時に掃除を始めるのだ。
「掃除しようかな」
コップを洗い終えた留三郎は濡れた手をシャツに拭きながら掃除に必要になる乾いたぞうきんを手に取った。
5時に流れるチャイムの音に留三郎は手を止めた。バイトの残り時間全てを使って掃除をしていたのだ。埃がないか店中歩き回り、少しでも汚れているとすぐに雑巾で拭く。そうしている間が一番落ち着いたのだ。
普段は中々下りて来ない癖に珍しく男が店へと顔を出して「店閉めちゃって」と声を掛けてくる。
「わかった」
留三郎は雑巾をその場に置いて店を閉める支度を始める。店を完全に閉め、雑巾を洗って干し、臭くなった手を何度も石鹸で洗って畳間に戻ると男が何やらちらしを見ていた。
「今日は何にも作ってないからねぇ、出前でも取ろうと思うんだけど鰻とすしどっちが好き?」
「…すし」
「そう。じゃあ2人前取ろうかね」
そう言って男はチラシを置く。
「ワサビは?」
「入ってる方がいい」
「おお、大人だねぇ」
そう言って笑う声がまるでからかう口調で素直に留三郎はむくれ、そして俯いた。
「…あの人雇うの?」
留三郎のその言葉に男は「なんのこと?」と尋ね返す。すると留三郎は「昼間来てた人だよ。雇うの?」と俯きながら尋ねた。
「どうして?」
「…だってあの人店長の本ちゃんと読んでるんだろ?俺は今日まで店長が本書いてるなんて知らなかったし」
「…ふふっ、私が君をクビにしてあの子雇うんじゃないかって心配しているの?」
男のその声はまるで泣き出した子供を宥めるような優しいものだ。
図星で思わず固まった留三郎を見て男は笑った。そしてそのまま留三郎へと手を伸ばしその髪を撫でた後頬へと手を滑らせる。
「大丈夫大丈夫。君が思っているよりずっと私は君を気に入っているからね」
男のその言葉をどう信じたらいいのか分からなくて留三郎は恐る恐る顔を上げた。でも男の顔を見たところで不信感は募る一方だ。だってこの人の一番怪しい場所は他でもなく容姿なのだから。
「信じてもらえないのかな?どうしたら信じる?」
男のその言葉に留三郎ちらりと視線を泳がせて窓の外の赤に染まっている空を見た。そしてまた視線を男へと戻す。
どうしてもらえたら自分は安心するだろうか。そう考えると勝手に言葉出た。
「触って」
嫌いな人にわざわざ触れる人はいない。だから触ってもらえたら安心出来るだろうと安直な考えが不意にその言葉を選んだのだ。
「…君さ、そういう言葉どこで覚えて来るの?」
男の目から優しいものが消えるのが分かる。シンと静かになったその向こう側に見えるものは欲望だとこの時の留三郎は理解していた。
いつものような一方的な愛撫に留三郎は四つん這いになり、額を畳へと擦りつけながら耐えていた。耳元に男の温かい息を感じて背筋が戦慄く。握りこまれたものは早く解放されたいとピクピクと震えてだらしなく体液を零している。
「た、たみ、よごれ、るっ」
留三郎がそう言っても男は体勢を変えない。普段とは違う体勢に留三郎は不安になり何度も振り向こうとしたけれどその度に男が乳首や勃ちあがっているものを強く弄るので、結局獣のようなこの体勢を崩せないのだ。
「あ、もっ」
与えられる感覚が順調に絶頂へと導いて留三郎は男の手の中へと射精した。そしてそのまま荒い呼吸を繰り返して膝を立てたまま上半身は畳みへと崩れ落ちてしまった。
「…う、わっ」
呼吸が整わないうちにぬるりとした指が性器とは別の場所へと触れた。尻の割れ目をなぞり、排泄に使う穴へと男の指が辿り着く。そしてそのまま濡れた指でその周辺なぞられ、首の後ろ辺りをぞわぞわとしたものが走るそれが快楽への入口だということを留三郎は既に知っている。
「あっ、ま、って、なに?」
逃げ出すために体に力を入れようとするけれど上から男に押さえこまれていて中々うまくいかない。
「あ、や、いれん、なっ」
精液で濡れた男の指の先が侵入してくるのが分かり、留三郎は無意識で体に力を入れてしまう。そして入り込んできた男の指を締めつける。
「力抜いて」
男はそう言いながら耳へと舌を這わせ、もう片方の手で柔らかくなりかけた性器へと触れた。
「あっ、やっ」
イったばかりで敏感になっている性器を何度も扱かれ、その強い快感に留三郎は涙を浮かべて目を強く瞑る。快感の方へ意識を向けさせられている間に既に指は中へと収まって、そして動いている。
「な、に、すんだ、よっ」
何をされているのか分からず恐怖が迫上げて来る。泣き出しそうな留三郎のその声に男は「あれ、知らなかった?」と何ともすっと呆けた言葉を返してきた。
「前立腺マッサージとか知らない?」
「しら、ない」
「そうか。その年じゃまだソープとか行けないもんね。これはセックスとは違って自慰の延長だから大丈夫だよ」
男の言葉は妙な安心感を持っていた。セックスとは違うから大丈夫と言われただけで留三郎の緊張は少なからず取れて籠めていた力を抜いていく。
「んっ…へ、んな感じが、するっ」
初めはただただ痛みと気持ち悪さしか感じなかった留三郎の声が少しずつ甘く変化していく。
「あっ…な、に、そこ、変っ」
男の指は二本に増えていて、その指がある一点に触れると痺れるくらいの快感が背中を突き抜ける。
「ここ?」
男はそう言ってその場所を探り当て、そしてそこばかり指で触れ始めた。
「あっ…へ、んっ…」
「気持ちいいでしょ?」
男のその言葉にこれは気持ちがいいというのかと留三郎は思った。直接性器に触れられているわけでもないのに男の指がそこへ触れるだけで性器が反応する。
留三郎は四つん這いになったまま男が自分を絶頂へと連れて行き、そして解放してくれるのを待っていた。男はまるで中をかき混ぜるように粘膜へと触れながら度々弱い場所を突いてくる。それらはゆっくりとそして確実にじわじわと留三郎を追い詰める。
「あ、もっ、だ、めっ」
一際甲高い声が漏れて、留三郎は男の手の中へと白濁を吐き出した。ぜぇぜぇと荒い息が室内に響く。そのまま畳へと突っ伏し、荒くなった息を整えていると男の手が肩を掴み仰向けへとひっくり返される。もう室内は薄暗かった。
「後ろも気持ち良かったでしょ?」
涙でぼやけた視界の向こうで男がそう言って笑ったのが分かった。
「あーあ、こんなに暗くなっちゃって。今からでも出前間にあうかな」
男が部屋の電気を付け、視界に光が満ちて眩しい。何度か瞬きをしている間に男は黒電話の受話器を取って電話を掛け始めた。そして留三郎の視界と思考が通常のものへと戻ってくると電気の下でひとり全裸で横たわっていることを恥ずかしく思って慌てて衣服を手に掴んだ。
「あ、待って」
男がそう言って留三郎を止め、濡れた手拭を持ってきた。そして留三郎の足を掴み上げさせる。電気の下で恥ずかしい箇所が露わになり、留三郎の顔は一気に赤く染まった。
「な、何すんだよ」
慌てて男を蹴ろうとするが、強く掴まれていて離してもらえない。
「何って拭かなきゃ下着汚れるでしょ」
男の声は至極冷静なのものでその冷静さが恨めしい。
「もうすぐ出前の人来るから早く着替えてね」
体を拭き終えた後のその言葉に慌てて衣服を着る留三郎を男は楽しそうに見ていた。
出前の寿司は上物で、こんなに美味い寿司を留三郎は初めて食べた。何だかガリまで美味い気がする。もぐもぐと何度も噛みながらお茶へと手を伸ばし、全て食べ終えて箸を置くと男が「いつもより食欲あるね。お腹空いてたの?」と尋ねてきて留三郎は静かに頷く。
男が片づけを始め、それを手伝いながらちらりと横目で男を見ると不意に視線がぶつかった。
「どうしたの?何か言いたい事でも?」
くるりと体ごと向き合った男の視線に慌てて俯く。男に言いたい事があることをどうしてすぐに察してしまうのだろうか。先ほどから、いや、正確には昼間からずっと言いたい事があったのだ。
ちらりと見上げると男はまだこちらを見ていた。
「あの、て、店長の本はこの店にありますか?」
「店には置いてないけど、どうしたの」
「…読みたいなって思って」
「私の本ねぇ、その気持ちは嬉しいけど詰まんないと思うよ?」
男は軽く笑いながらこの話を流そうとしている。さすがの留三郎もそれには気付いた。
「それは俺が判断することだろ?勝手に決めないでください」
睨み付けながらそう言うと男はくっくと笑いを堪えながら「分かった分かった」と繰り返す。そして二階へと消えて行く。そして2階から戻って来た男の手には1冊の文庫本があった。
「うちにあるのは今日高坂くんが持って来てくれたこれしかないんだけど」
それはまだ新しい文庫本で一番最後のページに書かれている発行日がまだまだ先の9月1日と書かれている。
「これ、借りていい?」
留三郎のその問いに男は「君が読みたいのなら」と笑った。
(2010/09/18)