ジンジャエールに溶けた夏
R-15描写があります。苦手な方はそっとブラウザを閉じてね。
構わぬ!という心臓が強いだけどうぞ。
留三郎がバイトを始めて一週間が経つ頃にようやく掃除が一通り終わった。この一週間は手拭をバンダナ代わりにしてひたすら埃と戦い、本どころか漫画を読む暇さえなかったのだが、それも今日までだ。
「終わったあああああああ」
あまりの嬉しさから留三郎は思わず大きな声でそう叫び、ぐいっと体を伸ばしていた。店内は見違えるほど綺麗になったというわけではないが埃臭さは消えたし、何より随分と明るくなったように思う。思うったら思う。俺が思うからいいんだ。
「お、綺麗になったね」
留三郎の叫び声に気付いて下りて来たのか男が店を覗き込んでいた。その顔は満足そうで釣られて留三郎も笑顔になってしまう。
「すごいすごい。こんなに綺麗になるとは思わなかったよ」
男はそう告げると留三郎へと手招きをした。
「少し早いけどおやつにしようか。今日はあんみつだよ」
男の言葉に頷いて部屋の奥へと上る。前髪を上げていた手拭を外していつもの席へと腰を下ろして座っているとあんみつを運んできた男がテーブルへと盆を置いた後に手を伸ばして前髪を撫でてきた。
「癖ついちゃってるねぇ」
男の言う通り、髪を上げていた時の癖が前髪に残っていて緩くカーブを描いていた。いつもだと癖はつかなかったから濡れた髪のまま手拭で上げてしまったのが原因だろう。
「せっかくさらさらで綺麗な髪なのに」
男はそう言うとちゅと前髪に口付けた。それは一瞬の出来事で突然の出来事に弱い留三郎は目を丸くさせるくらいしか出来ない。
「さぁ、ほら食べて食べて」
男はそう言って留三郎の目の前にあんみつの入った涼しげな皿を置く。
「え、あ、うん」
男が口付けを落とした前髪を一度だけ撫でて男が手渡してくれたスプーンを手に取る。細かい細工がされているスプーンは少し重かった。
「留三郎くん」
男が名前を呼んだので顔を上げると男は目を細めて笑っていた。
「今日夕ごはん食べて行かないかい?肉が沢山送られてきて困ってるんだ」
「肉?!」
「ちなみに神戸牛なんだけど」
その男の言葉に留三郎は「食べる!」と勢いで返事をしていて、男は「よかった」と安堵の息を吐く。そして「しゃぶしゃぶにしようか」と言った男に留三郎は大きく何度も頷いた。
育ち盛りの為か留三郎はかなりの肉食で、家では三歳年上の兄に奪われて中々腹いっぱい食べることが出来ない分餓えているのだ。しかもいつものスーパーの安売りの薄い肉とは違って、神戸牛だ。名前は知ってはいるものの食べたことなんて一度もないし、これから先食べることがあるのかすら怪しい。
「じゃあ、お店閉めたら手伝いしてね?」
「うん」
肉を食べられるならと大きく頷いた留三郎を見て男は微笑んだ。それでも悪い気がしなかったのは肉に浮かれていたからだろう。
おやつから店を閉めるまでの時間は読書タイムになった。スーパーの物と比べると随分と古い型のレジが乗っている机に漫画を乗せてひとりで黙々と読む。店の天井に付けられた古くさい扇風機がカタカタと大きな音を立てながら風を送ってくれて紙がパラパラと捲れる音が耳に届く。目の前の硝子戸の向こうは太陽の光が注いでいてアスファルトすら眩しく直視が出来ない。穏やかな時間が流れて留三郎は男が用意してくれたジンジャエールを一口飲んだ。
五時になると近くの電信柱に括りつけられているスピーカーから子供の帰りを促す放送と音楽が流れる。五時には店を閉める為、留三郎はそれを聞くとすぐにシャッターを下ろす準備を始めるのだ。
店を閉めた後、留三郎は奥に向かって店仕舞いが終わったことを告げたが、男は「もう少し待ってて」とだけ返してまた二階へと上がってしまった。何やら忙しそうにも見えて「肉は?」と急かすことも出来ず留三郎はは大人しく一階で待つことにした。
「まだかなぁ」
一階の畳間で寝転がりながら漫画のページをぱらぱらと捲る。夕暮れが差し迫っていて縁側の向こう側に見える空は赤く染まり、雲までピンク色に染まっていて太陽の光が弱まった為か風が涼しく吹いている。
パラパラと風が目の前の漫画の紙を捲っていくのをぼんやり見ていると段々と瞼が重くなっていき、いつの間にか完全に瞼を閉じてしまっていた。
「…あっ」
声に驚いて瞼を開くと、目の前には薄暗い天井が映る。誰の声だったのかと思ったのも束の間、次の瞬間にまた体を電流のようなものが走り、口から声が漏れていた。
「んっ…な、に?」
まだ自分が置かれている状況が理解出来ず、体を起こそうとすると男の手がそれを拒んだ。
「あ、起きた?」
寝転がっている留三郎のシャツを捲り上げていた男は笑いながらそう告げ、硬くなった乳首を指先で摘まむ。
「んっ…!」
普段感じる事のない刺激に留三郎が体を震わせると男が「中々起きてくれないからどうやって起こそうかなって思ってね」と言いながら今度は反対側の乳首を指先で弾いた。
「あっ…やめっ」
「どうして?気持ち良さそうだよ?」
男は心底不思議そうな顔でそう良い、もう片方の手で今度は脇腹を撫ぜる。
「んっ、あっ…や、だ」
「んー気持ち良さそうなのになぁ」
男は困ったようにそう言いながら、今度は器用に片手で留三郎の履いているズボンをずらして下着の中から軽く勃ちあがったものを取りだした。既にとろとろと零れている体液をわざとらしく音が出るように扱くその男の指の動きに声が抑えられない。他人に触れられた事が一度もない為、与えられる刺激が強すぎるのだ。
「あっ…やめっ…んぅっ」
男の肩に噛みついて声を殺そうとすると男は「声出してもいいんだよ?」と笑う。その言葉に留三郎が首を振って拒否を示すと男の指先は更に弱い場所を追い詰めていく。
「…ふっ…やぁっ…あぁっっ」
あまりの刺激に体が痙攣するように震え、留三郎はあっけなく男の手の中に射精してしまった。生理的な涙が流れて視界がぼやける。その視界の先で男が「気持ち良かった?」と尋ねて笑うのが見えた。
まだ頭がぼんやりしていて自分が置かれている状況がよく理解出来ない。目の前で男が手の平をティッシュで拭ってゴミ箱へと投げ捨て、乱れた留三郎のシャツやズボンをまるで何もなかったかのようにきちんと直してくれた。
「さぁ、ご飯にするよ」
男はそう言って台所へと消えていく。その言葉に留三郎が体を起こすとテーブルの上には簡易コンロとお湯が張られた鍋が置かれていた。
まだ夢か現実かがよく分からずに鍋からプクプクと泡が浮いては沈む様子をじっと見ていると、男が「留三郎くん、野菜も食べるんだよ?」と言いながら大きな白い皿に肉と野菜をてんこ盛りにして運んできた。その瞬間目がぱっちりと覚めたのは腹が減っていたからだ。ぐぅと腹の音が鳴って空腹を知らせる。
「うん」
留三郎は大きく頷いて紫の座布団を手繰り寄せてその上に正座をするが視線は肉に釘付けで一度もぶれなかった。
「さぁ、食べていいからね」
男の言葉にもう一度頷いた留三郎は「いただきます」と言いながら箸で肉の塊を挟みあげる。右手が重いと感じるのが嬉しくて思わずにっこりと笑った。
留三郎が男にされた事を真剣に考えたのは夢の中だった。肉を腹いっぱい食べることが出来て満足した留三郎は男にされた事をすっかり脳内の隅に追いやって「ごちそうさまでした」とお礼の言葉とお辞儀までして帰って来たのだ。
留三郎は突然の出来事にとても弱い。小さい頃、怖がりで泣き虫だった所為もあるのか、自分が対応出来ない現実が突然降りかかってくると留三郎の思考は停止する。そしてそれを一旦心の隅、脳内の隅に追いやって日常を続けようとするのだ。それはもはや脳や心の癖みたいなもので留三郎の意識とは違うところで働いている。
「…あれってセクハラじゃねーか?」
ようやく留三郎がそう気付いた時には太陽がすっかり昇って朝を告げていた。
セクハラされたからと言って無断欠勤する訳にもいかない。何故なら留三郎は熱が出ても学校へと来てしまう程の律儀な性格をしているからだ。伊作にはアホだと言われているのだけれど、当の留三郎本人はそれを直そうと思った事がない。そういうわけで今回も律儀にいつも通りバイト先へと向かった。
「留三郎くん、こんにちは」
店長である男は飄々とそんな事を言い、昨日のことなどまるでなかったかのように振る舞う。男がそんな対応をすれば留三郎とて何もなかったかのようにするしかない。
「おはようございます」
ぺこりと頭を下げた留三郎を男はいつもと同じ笑顔で見ていた。
大きな掃除が終わったと言ってもバイトに来ると一日一時間は埃を叩いたり床を掃いたり等の掃除が待っている。黙々とこなさなければいけないその作業を留三郎は気に入っていたし、そして何より救われると思っていた。何故ならいつもならすぐに二階へと上るはずの男が今日に限ってレジの机の前に座っているのだ。その男の視線に気付かない振りをして留三郎は必死に手を動かしていた。
「ねぇ」
急に耳元で男の声がして留三郎は本の表紙を拭いていた手を止めた。いつの間に近付いたのか男が背後に立っている。
「今日はいつもより猫背だね?どうしたの?」
男のその言葉に留三郎は「しまった」と思った。そして「白々しい」とも思った。
「ねぇ、聞いてるの?」
男は尚もそう尋ねながら、背後から留三郎の頬へと右手を伸ばし、そのまま胸元まで下ろしていく。
「…んっ」
声を殺すつもりだったけれどそれは失敗に終わる。男の長くかさついた指がTシャツの上から胸の上を何度もなぞり、その度に背筋を走る痺れるような感覚を噛み殺そうとするけどどうしても漏れてしまうのだ。
「硬くなってるね。シャツに擦れて痛いのかな?もしかして昨日からずっと?」
「痛いの?」なんて聞いてくる癖に男の指先に遠慮なんてものは見られない。勃ちあがった胸の先を指の腹で何度も押し、時には摘まんで弾いた。
「んんっ…や、」
「どうしたの?」
男の右手をぎゅうと掴んで胸から離そうとすると今度は左手が反対側を弄り始める。
「んっ…痛いから、やめ、て」
「痛いの?じゃあね、」
男はくるりと留三郎を自分側へと向けると顔を近づけてにっこりと穏やかに笑う。けれどその瞳はけして優しいものではなく、まるで獲物を狙う猫のようだと留三郎は思った。
Tシャツを捲られ、静止する間すら与えず男は硬く勃ちあがったその胸先を口へと含んだ。粘膜の感触に思わず腰が引けて「ふあっ」と情けない声が出た。
「ん…ふっ…んぁっ…」
まるで自分から強請るように男の頭をぎゅうと抱きこみながら留三郎は与えられる感覚を耐えようとした。けれど一度も味わったことない刺激には逆らえず、胸を舌と唇、歯と指先で愛撫されただけなのにいつの間に取りだしたのか男の手の中で硬くそそり立ったものは涎を零して解放を待つ。
「あっ…て、んちょう、もっ、やだ、イ、くっ」
息も絶え絶えに呼吸を繰り返して留三郎がやっとこさそう告げると男は「ん。じゃあイっていいよ」と軽く言い、尿道へと軽く爪を立てた上に裏筋をなぞった。
「ぅあっ…あぁっ」
またもや男の手の平に精を吐き出し、留三郎はそのままずるずると本棚に背を預けた。留三郎の脇の下へと腕を入れた男は体に力が入らず少しずつ滑り落ちる留三郎の体を片腕で支える。
「気持ち良かった?」
目の前でそう首を傾げた男の言葉に何も考えずに頷くと男は「なら良かった」と悪びれなく笑った。
「君だって高校生なら自慰くらいしてるでしょう?」
「…じい?」
言葉の意味が分からずぼんやりとしたまま首を傾げると男は「んーオナニーなら分かる?」と尋ねて来る。その言葉はさすがに知っていた。そしてその言葉が持つ後ろめたさも知っていた留三郎は声に出さず静かに一度だけ頷く。
「オナニーと一緒だと思うと平気でしょ?」
男のその言葉には留三郎は頷かなかった。何故なら男が与える快楽はとっくにオナニーを越えていたからだ。イった後に力が入らなくて立てないなんて初体験だった。
「…自分でやるのはこんなに変にならない」
色々考えて言葉を探した留三郎がそう告げると男は楽しそうに笑いながら「そう?そんなによかった?」と聞いてくる。良くなかったらあんな声出すわけないしイかないだろうと留三郎は思ったが、男は返事を待っている。まさか自分の雇い主である店長相手にそんな雑な言葉を告げられるはずもなく、それらはたった一度の頷きに変わった。
「じゃあまたしてあげるよ」
男はそう言って留三郎の髪へとキスを落とすと片手を振りながら奥へと去っていく。留三郎がその背中を見つめていると男はくるりと振り返って「あ、掃除の続きよろしくね」と笑う。
もしかして墓穴を掘ったかもしれない、と留三郎が危機感を持ったのはそれから二時間後、夕ご飯に誘われた時だった。
(2010/08/31)