秘密に嘘を重ねて。








R-18描写があります。苦手な方はそっとブラウザを閉じてね。
構わぬ!という心臓が強いだけどうぞ。






廃寺から少し離れた道沿いにある宿から一人の男が出てきた。それは留三郎と共に任務を言い渡された文次郎である。太陽はまだ姿を見せておらず、留三郎が約束した朝にはまだ早い時間帯である。
文次郎が留三郎との約束を守らずに廃寺へと向かったのには理由があった。茶を飲むために出された湯呑みが文次郎の前で真っ二つに割れたのである。落としてもおらず、傷さえ見当たらなかった湯呑みが半分から綺麗に割れる。それは凶事の前兆のようで文次郎に不安をもたらした。
留三郎に何かあったのではないか。そう思った文次郎は居てもたってもいられず、すぐに宿を出たのである。

「何事もなければいいんだが…」

見上げた空に月はない。暗闇の中を風が駆け抜ける音だけ耳に届く。不安を堪えるかのように文次郎は急ぎ足で留三郎がいる廃寺を目指した。

目的地である廃寺へ着く頃には小鳥が囀りはじめ、もうすぐ朝が来ることを文次郎へと知らせる。闇に紛れて動かなければならない文次郎にとって、太陽が昇ることは厄介なことでもある。

「…急がねば」

小さくそう呟いた文次郎は、辺りに人影と気配がないことを確認すると石段を駈けあがった。
辿りついた寺の境内には幾つかの人影あった。松明を手にした人が定期的に境内を徘徊している。その人物等はどう贔屓目に見ても山賊というよりは文次郎と同じく忍者である。

(…忍者まで関わっているだと?どういう事だ…)

情報にはなかった忍者まで関わっているとなると、文次郎と留三郎の任務は大きく変わってくる。この場所にいる忍者たちがどこの城の者なのか、調べなければならない。
本堂の扉は開かれていたが、見張りが常に立っている。文次郎は仕方なく裏から回る事にした。本堂の他にも幾つかの建物があるらしくその周辺には灯りがちらほら見える。その灯りを避けるようにして文次郎は本堂の裏へと回る。
裏の扉は少しだけ開けられおり、人の気配が辺りにないことを確認してそこから本堂内を覗きこんだ。扉を開けると腐る寸前の柿のような甘い匂いが立ちこめる。

(…趣味が悪いな)

文次郎は思わずそう心の中で吐き捨てた。
本堂の中では僅かな灯りの下で女と男が縺れ合い、性行為に耽っているのである。ただそれだけならば遊郭となんら変わらないだろう。ただ、文次郎に異様な光景と思わせたのはそれが一対一だけのものではないという点である。それは明らかに乱交であり、常軌を逸した状況としか文次郎には見えなかった。

(この中に留三郎がいるはずはないか…)

早々にそう決めつけて文次郎は本堂から離れ、次に本堂から見える倉庫を見つめた。寺へ着けば少しは落ち着くかと思っていたが、ますます不安になるばかりだ。

(何処にいるんだ、留三郎)

叫びたい気持ちを抑えて、文次郎は唇を噛みしめる。そして一刻も早く留三郎と合流する為、暗闇のなか倉庫へと走った。
倉庫の前では金で雇われたらしいごろつきが二人火の番をしていた。その会話を盗み聞くために文次郎は気配を消して音もなく忍び寄る。

「しかし、可哀相だな」
「何がだ?」
「あの子だよ。まだ子供だろう」
「子供だとしても忍者だと言うじゃないか」

その言葉が聞えた瞬間、文次郎の体は強張った。心臓が早鐘を慣らすように脈を打ち、息が詰まる。男たちの会話は留三郎が捕らえられたということを伝えるものだった。嫌な予感は的中していた。今まさに留三郎は捕らえられているのだ。

(まさか、この倉庫の中に?)

文次郎は倉庫を見上げる。拷問でもされているのではないか、無事でいるだろうか。状況が見えない以上、想像ばかりがどうしても先走る。冷静になろうと文次郎は静かに息を吐いた。
男たちはすぐ近くに忍者が隠れているとは思いもしないのか、まだ会話を続けている。

「そういやお前、いつもは乗り気なのに今日は加わらなかったな。男だが顔は綺麗だし、体つきもまだ未熟でかなり良かったぞ?」
「…郷に残してきた息子があれくらいの年なんだ」
「そりゃあ、仕方ねぇな」

男たちのその会話に、文次郎は息を止めた。
会話は聞えていたし、その意味が分からないというような馬鹿ことを言うつもりはない。けれど、信じたくなかった。その言葉を認めたくなくて、文次郎は心の中で否定し続けた。

(嘘だ、まさか、そんなはずは!)

会話の内容が本当であれば、それこそ早く留三郎を助けださなければならない。これ以上この場にいても意味がないと悟った文次郎はすぐにその場から離れた。
学園長の使いやら与えられた任務で、文次郎は専らその丁寧さを評価されていた。しかし、どれほど簡単な任務でも手を抜かずに冷静な判断と最初から最後まで気を抜かない姿勢が、今は崩れかけていた。

*:*:*

倉庫の天井裏に侵入した文次郎は、中の様子を探るために天井板を少しずらす。音を立てない為、その動作はかなりゆっくりと行わなければならない。文次郎はそれがもどかしくて仕方がなかった。そしてようやく板をずらしてそこから覗くと、信じたくない光景が文次郎の視界へと映り込んだ。

「んっ…あぁっ…あっ」

床に肘と膝を付いて四つん這いになり、額を床に擦るつけるようにしながら声を漏らしているのは間違いなく留三郎だった。上からだと顔は見えないが、見なくてもそれくらい文次郎には分かった。
留三郎の後方に立っている男が留三郎の太腿を掴み腰を打ちつけている。肌がぶつかる音と荒い息遣い、そして腰を打ちつけるたびに聞えて来る水音が聴覚的にも何をしているのかを文次郎へと知らしめる。信じたくはない。それでも、今目の前で行われている行為は現実で、そこにいるのは紛れもなく留三郎なのだ。

「あっ…あぁっ…やぁっ」

留三郎が仰け反り、一際大きな声で喘ぐ。その後はぐにゃりと床に伏せて荒い息を整えようとしたが、留三郎の背後に立っていた男が休ませまいと留三郎の体を引き寄せた。留三郎は無理やり体を起こされ、胡坐をかいた男の足の上に座らされる。留三郎は不安定な体勢が怖いのか、腹に回された男の手を縛られたままの手で掴もうとしていた。

「あぁっ…あぁっ…」

腰を揺らされるたびに体を仰け反らせて甘い声を漏らす留三郎の前にもう一人の男が立った。下半身の衣類は既に脱いでおり、完全に勃ち上ったものを留三郎の顔へと寄せる。

「ほら、口はこっちだ」

留三郎の顎を捕らえ、男は自分の股間からそそり立つものへと近付ける。その男の悦に入ったような声は文次郎の怒りを増幅させた。そんな野郎のものなんか噛みちぎってしまえ、心の中で留三郎へとそう叫んだが、もちろん留三郎には聞えるはずがない。それでも留三郎ならそれくらいの抵抗を見せるのではないかと文次郎は何処かで思っていた。いや、抵抗してほしいと願っていたのだ。
縄抜け出来ないようにと手首ではなく腕を縛られ、しかも相手が複数となると闘うにはあまりにも無謀だ。それでも、そんな奴らに屈しないで、最後まで抵抗して欲しかった。
もしも捕らえられた留三郎に対する処置が性交を強制するようなものでなく、普通の拷問であれば文次郎もそこまで抵抗することに拘らなかったかもしれない。でも目の前で繰り広げられているのは、それとは違うのだ。

「ほら、聞えてるか?」

中々反応を示さない留三郎の口に、男は更に硬くそそり立つものを近づける。留三郎がそれを噛み切ることを文次郎は願ったが、留三郎は噛み付くのではなく、舌を絡めた。舌先で丁寧に舐め、口の中へと招き入れる。そんな留三郎の髪を男は満足気に撫でた。

「んふっ…ふあっ…やあぁっ」

咥えたものを必死に舐め上げ、下から突きあげられれば声を抑えることなく感じたまま声をあげる。立っている男が留三郎の顔へ精を吐き出し、それを塗りつけるかのように頬を撫でてから白濁に塗れた指を口の中へと入れると、その精液を留三郎は舌で舐めとった。そして下から何度も突き上げられ、頭を振った後にぐったりと動かなくなってしまう。

「体力もあるし覚えも早い。女より具合もいいし。飛んで火にいる夏の虫とはこの事か」
「今は冬だろう。初めてだっただろうにこれだけこなすとは、さすが忍者というわけか」

男たちは下品な笑みを浮かべてそんなことを言う。そして戸の近くにいた忍び装束を着た若い男たちに声を掛けた。

「体を清めて夜まで休ませてやってくれ」
「はい。服はどうしましょうか」
「女共の余りがあっただろう?あれを簡単に着せておけ。このまま放置するのも可哀想だからな」
「はい」
「あと、アレを焚き続けろと言っていたな」
「はぁ。大丈夫なんですかね…」
「まぁ、子供に見えても忍者だ。油断するなということだろう」
「承知しました」

先ほどの男達より一回りほど若い忍び装束を着た二人の男が入れ替わって倉庫の中へと入ってきた。どうやらまだ雑用の身分らしく、二人は床へ横たわっている留三郎の体を清め始める。それは淡々とした事務的な作業で、体を清めた後に簡単に衣服を着せ、それからまた腕と足を縛りあげた。

「ふぅ、これでいいかな」
「しかし、可哀相だな」
「腕がなかっただけだろう。自業自得だ」
「でも、これでもうこいつの未来はないんだぞ?」
「そんなことで同情してどうする。俺達は忍者で、こいつは敵の忍者だ」
「しかし…」
「ならお前が変わってやればいいだろう」
「…ごめんなぁ」

気弱な声で、一人の男が留三郎の髪を撫でる。そしてその傍らでもう一人の男が白い器に何やら香のようなものを焚きだした。

「あとは戸を施錠して夜まで誰も中に入れないようにすればいいだろう」

淡々とした冷たい口調でその男は呟き、まだ留三郎の傍らに立っている男へと冷ややかな視線を向けた。

「出るぞ。煙を吸えばこいつの二の舞だ。お前は残るか?」
「…出るよ」

嘲笑を浮かべた男へため息交じりにそう返した男はもう一度留三郎へと視線を落としてその髪を撫でてから倉庫から出て行った。大きな戸が閉まり、鍵をかける音がする。そして忍者たちの足音は静かに立ち去って行った。


付近に人の気配がないことを確かめてから文次郎は倉庫の中へと下りた。そして横たわっている留三郎へと視線を向ける。留三郎は瞼を閉じていたが、眉間に皺が寄っていた。そして時たま小さく呻き、身を捩らせている。嫌な夢でも見ているのだろうか。

(この匂いは、香なのか?)

先ほどの会話から察するに、留三郎の様子がおかしかったのはこの匂いの所為であろう。文次郎は苦々しくその容器を見つめ、持っていた小刀で容器ごと割ってしまった。

(…解毒剤が必要なほどの毒であろうか)

この匂いは今まで一度も嗅いだことがないもので、どのような薬物なのかも想像がつかない。

(少々持ちかえって伊作や新野先生に特定してもらおう)

文次郎はなるべく吸いこまないように気を付けながら、薄紅色のその粉を零れ落ちてしまわないように紙で包んで懐へとしまう。もし毒物である場合、解毒はなるべく早い方がいい。忍者がどこの城の者か、また何故このようなことをしているのか、まだ何ひとつ分かってはいないが一刻も早く留三郎を学園へと連れ戻さなければ。文次郎は焦りの表情を浮かべた。
不意に背後で物音がして振り返ると、留三郎が体を起していた。そしてぼんやりと文次郎を見つめる。

「…留三郎、無事か?!」

留三郎が目を覚ましたことで文次郎は少し安堵したたが、留三郎の様子がおかしいことにも気付く。

「…留三郎?」

名前を呼んでも反応がない。留三郎はただ、薄く唇を開き、浅く呼吸を繰り返すばかりだ。文次郎はすぐに留三郎の腕と足の縄を外して自由にしてやる。すると、自由になった留三郎は文次郎へと抱きついてきた。そして口付けをしてくるのである。

「…?!」

予想外の行動に、文次郎はただ抱きついてきた留三郎を抱き止めるばかりだ。

「…んっ」

強請るように舌を差しいれて来る留三郎に驚き、その体を引き剥がすと留三郎は泣き出しそうな顔をした。
呼吸は浅く、熱があるのか頬も紅潮していた。そして抱きついて来ると文次郎の首筋へ甘えるように顔を擦りつける。

「…留三郎?」

辛そうな留三郎の様子にもしやと思ってその着物の下へと手を伸ばすと、やはり留三郎のものは既に勃ち上り、先走りを垂らしていた。

「媚薬か」

思い当たる薬はそれだけである。泣きだしそうな顔で体を擦りつけて来る留三郎はとっくに理性を失っている様子だった。そうでなければ留三郎がこのようなことをするはずがない。文次郎は悔しさなのか怒りなのかよく分からない感情に思わず顔を顰めた。

「辛いのか?」

自分では扱こうとはしない留三郎に、文次郎が手を伸ばして勃ちあがっている留三郎自身に触れた。そして包み込んだ手を上下へと動かし始める。

「んっ…ふぁっ…んん」

文次郎の肩へと顔を寄せ、留三郎は小さく震えながら喘ぐ。限界が近かったのか、留三郎はすぐに達して文次郎の手の平へと精を吐き出した。それでもまだ留三郎は辛そうに文次郎へと口付けを乞う。

「ふっ…んっ」

猫のように文次郎の唇を舐め、何度も口付けをしてくる留三郎を文次郎はおそるおそる抱きしめた。その表情は暗く、まるで人を殺めた時のようである。


文次郎と留三郎はいつも喧嘩ばかりしていたし、罵り合っていた。隙があれば殴りかかったし、留三郎だって同じように奇襲をかけてきた。しかし、表情にも態度にも出すことはなかったが、文次郎は留三郎に惚れていたのだ。失いたくないがために自分の気持ちに嘘を付き、今のままでいいと言い訳しながら留三郎を想う自分の気持ちから逃げようとしていた。それでもやはり一度芽生えた感情はそう簡単に消えてはくれない。
文次郎は留三郎に触れたいと思っていた。殴りつけるのではなく、ただ優しくその肌に触れてみたいと思っていた。その肌に触れることを、口付けを落とすことを、その体を抱くことを、いつだって願っていたのだ。
確かにその体に触れて自分のものにしたいとは思っていたが、でもそれはこんな形ではなかった。文次郎の気持ちを留三郎が受け止めてくれなければ意味はない。分かっているのに目の前の留三郎へ伸ばした手を文次郎は止めることが出来なかった。留三郎を犯したあの男達と同じように、欲望が湧きあがってきてしまうのだ。

「…留三郎」

文次郎は口付けしてくる留三郎を抱きしめる。そして普段ならあり得ないほど優しい声で留三郎の名前を呼んだ。しかし留三郎は文次郎の名前を呼ぶことはない。それを分かっていても文次郎は留三郎の唇へと口付けを落とした。そして床の上にその体を押し倒す。
留三郎の視点はどこかずれていた。文次郎をみていない。それでも文次郎は手を止めることが出来なかった。唇へと口付て、そして頬や額、顎へと口付ける。
薬の所為なのか、はたまた元々の性質がこうなのか、留三郎は何処に触れても感じるかのように声をあげた。
留三郎が来ていた女物の着物を脱がせ、その白い肌へと唇を落とす。先ほどまで男達が触れていたというのに、跡がひとつもない肌へと吸いつき、赤い跡を散らした。その赤は文次郎の独占欲と征服欲を満たした。

「あぁっ…」

少し硬くなっている胸の飾りに触れると留三郎は甘い声を漏らしながら文次郎へとしがみつく。

「んっ…はぁっ…あっ」

舌先で転がし、もう片方を指で弄るだけで留三郎はその瞳から涙を零しながら頭を振る。そしてもどかしいというように文次郎へと腰を擦りつけた。
双丘の奥へと指先を進め、入口に触れると留三郎は文次郎へとしがみついて次に与えられる感覚に耐えようとした。目尻から零れる涙を文次郎は舌で掬う。
目を瞑り、文次郎へと全てを委ねている留三郎を文次郎は愛しいと思った。これが本来の留三郎ではないということを理解しながらも愛しいと思ったのである。相手が文次郎だということも、きっと今の留三郎は理解していない。今の留三郎にとってこの行為は、苦しさから逃れるためであり、その相手など誰でもいいのだろう。それに気付いていながらも文次郎は行為を止めなかった。

挿入する指を三本へと増やし、留三郎の中を掻き混ぜると留三郎の口からは喘ぎ声がひっきりなしに漏れた。そしてもう挿れてほしいというように文次郎の唇へと吸いつく。既に我慢の限界であった文次郎は指を引き抜いた。そして、自分のものをその入口へと宛がいながら留三郎を見つめた。瞳いっぱいに涙を浮かべた留三郎は、未だに文次郎を見つめない。その瞳は宙を見つめるばかりである。

「…留三郎、許してくれ」

泣きだしそうな声で文次郎はそう呟き、そして留三郎の唇を自分のもので塞ぐと宛がっていたものを奥へと進めた。

「あっ…あぁっ…はぁっ…」

文次郎の首へと腕を回してしがみつき、留三郎は自分から腰を振る。それに応えるように腰を打ちつけながら、文次郎は留三郎の名前を何度も呼んだ。

「留三郎、好きだ」

文次郎が留三郎を見つめながら告げた時、一瞬だけ留三郎が文次郎を見つめて微笑んだ気がした。しかし、その表情はほんの一瞬だけで、すぐに留三郎は眉を寄せて目を瞑る。

「…あっ…ああっっっ」
「っつ…」

留三郎が先に達し、締め付けられた文次郎もまた留三郎の中で達した。
呼吸を整えてから文次郎は留三郎の顔を見つめる。留三郎はどうやら気を失ってしまったらしく、瞳を閉じてしまっていた。汗で額へと張りついた前髪をあげ、その額を撫でる。そして薄く開かれた唇へと文次郎は口付けながら、「すまない、留三郎」と泣き出しそうな声で許しを乞うた。
倉庫の中には留三郎が身に付けていた忍び装束が保管されており、文次郎は留三郎へそれを着せた。意識がない人間に服を着せるのはかなり時間がかかる。留三郎の身支度を整え終わった時には既に太陽が空へと上り始めていた。

文次郎は倉庫の中に留三郎を残して、一度外の様子を伺うために屋根裏へと上った。辺りに人影はなく、どうやら表に見張りの者も立てられていない様子である。
本堂を挟んで倉庫の反対側にある蔵に何があるのか、どこの城が関わっているのか、調べなければいけないことはたくさんあった。しかし今の文次郎にとって、留三郎を安全な場所へと連れて行くことが最優先事項であった。

文次郎は外から鍵を壊すと留三郎を抱きかかえて倉庫を出た。
太陽が闇を払拭し、光に照らされた寺は昨夜までの怪しい雰囲気などを微塵も感じさせずにただ痛んだその造りを晒している。
空はいつものように青く、穏やかな風が留三郎の髪を揺らしていた。気を失っている留三郎を見つめながら、悲しいのか悔しいのか、どちらとも取れずに自分でさえ持て余す感情に泣き出してしまいたくなる。
それを必死に堪えながら文次郎は急ぎ足で廃寺を後にした。






(2010/03/08)