わずか120分の人生
えーと、アイスティで。はい、ミルクでいいです。で、なんだっけ、面白い話だっけ?突然面白い話しろってほんと無茶ぶりもいいとこだよ。
そうだねぇ、面白い話・・・でも君、キラー細胞を活性化させる方法とか大人が牛乳飲むと
太るだけとかの話には興味ないでしょう?・・・僕が何に興味持ってても別にいいじゃ
ない。
じゃあ、面白い話っていうわけじゃないんだけど僕の人生の話、させてよ。
え、長い話は嫌だって?そんなに長くは無いから安心してよ。時間にすればわずか120
分だから。本当だよ、今は僕にとって余生だよ。空白の時間。なくてもいいけどだから
って言って終わってはくれないからね。しょうがないよ。
・・・あ、アイスティは僕です。君はココアだろ、ミルクは僕のだよ。
で、僕の人生の話だったね。あれは僕が中学生の頃でね、うん、数年前、正確には5年
前になるかな。
明日は夏休みっていう日で、暑くて仕方がない日だったよ。蝉がうるさかったのを良く
覚えてる。その夏休みから僕は新しい町に引っ越すことになっていて、この学校に通う
最後の日、終業式の日にね、友達と二人で学校をサボったんだ。
友達って言ってもね、僕はずっとその人の事が好きで、これからもずっと傍に居られる
と思っていたから気持ちを伝えようなんて思った事がなかったんだ。それなのに急に転転校することになってとんだ災難だよね。まぁ、不運は今に始まった事じゃないから諦め
てたんだけど、あの時ばかりは自分の不運を呪ったね。
その友達と僕は毎朝公園で待ち合わせて一緒に学校行っていたんだ。どちらかが言い出
したのかは覚えてないんだけどね。それでその日もいつもと同じように待ち合わせて、
そして学校までの道を歩いていたら最後だっていうのにいつまでもこんな生活が続きそ
うだなって思ったよ。
学校が見えてきたら無性に行きたくなくなってしまったんだ。僕が大事にしていた日常があそこ
に行けば終わっちゃうって思うとね、どうしても足が重くて。それが友達も同じだった
みたいでね、二人で足を止めて販売機の傍で他の生徒達が登校していくのを眺めていた
よ。チャイムが鳴るのが風に乗って聞こえてきたな。そしてチャイムを最後まで聞き終
わったら二人共学校とは反対方向に歩き出したんだ。
もう学校は始まってしまったから、今更行けば遅刻になるからっていう言い訳が僕もその友達も必要だったんだよ。なんたって今までは学校をサボるなんて一度もした事なかったからね。
意外だなんてひどいなぁ。そりゃあ今はそうじゃないけど中学生の頃はピュアだったん
だから。笑わないでよ、本当にピュアで、ただただ純情だったんだよ。
続きって、興味なさそうに言わないでよ。まぁ、話すけどさぁ。あ、零れてるよ。そそっかしいなぁ。馬鹿にはしてないよ、ほら、ティッシュ。
それでどこまで話したっけ・・・あ、そうだね、学校から反対方向にただ無言で歩いたところか。会話は無かったなぁ。時々「蝉」とか「犬」と
かそういうのに足を止めたりしたけど基本的には黙って歩いてたよ。
暑くてさ、太陽にさらされているうなじがじわって熱くなってたよ。アスファルトがやたらと熱くてズボンの中が蒸れていて気持ち悪かった。
大きい道だと警察にも見付かるかもしれないからって二人共路地裏を探して歩いていたんだ。警察もそんな暇じゃないって今なら分かるけどね、あの頃は本当に怖くて、ドキドキしていたよ。パトカーが通ると二人でヒッてなって隠れたりしてた。今思うとおかしいけどね。
大きな公園の傍を通るとね、子供が遊んでたんだ。まぁ、僕らも子供だったんだけどさ
、それよりもっと小さな、小学校に行く前の子供達が遊んでて、僕ら二人公園の入り口で立ち止まってそれ見てたなぁ。
僕らは幼馴染だったから、その公園で遊んだことあったんだ。色んな思い出が過ってね、何も言えなかったなぁ。ふふ、それくらい好きだったんだ。察してよ。
ずっとそこにいたんじゃ通報されちゃいそうで怖くなってね、また二人で行く宛てもなく歩き出したよ。その公園の少し先に古い映画館があったんだ。流行りの映画じゃなくて古い映画とかマイナーな映画を上映している小さな映画館があって、二人でその映画館の前で足を止めて今日の上映のスケジュールを見てたよ。
古い白黒の映画が今からなら間に合うなっていう話をしてね、そして二人で見ようかってなったんだ。中学の制服だしもしかしたら断られるかもって思ってドキドキしたけど受付に座ってるおじいさんはそんな事一切気にしてない様子でねチケットくれたよ。
普通の映画よりずっと安いから二人共持ち合わせのお金で見れたんだ。普段だったらそんな金額学校に持っていかないけど、最後の日だからって僕は全財産、お年玉で溜めていた分全部を持ってたんだ。あの子もそうだったのかは聞いてないから分からないけどね。
映画のタイトルは秘密だよ。でもね白黒でとても綺麗で悲しい映画だった。それだけは教えるね。ヒント?これ以上あげないよ。
映画館にお客さんは少なかった。僕とその子を入れて十人いなかったと思う。普段だったら後ろの真ん中の席に座るけどね、その時は二人共人目を避けなきゃって思ってて一番後ろの一番端に座ったよ。
二人並んで映画を見たけど、僕は集中できなくて。だってこれはまるでデートじゃないかってようやく気付いたからね。うん。僕は少しとろい子供だったんだ。
気付いちゃうと神経は隣の席に座るその子に集中しちゃってね。映画どころじゃなかった。スクリーンを見ている振りして、横目でその子を見てたよ。
真剣な顔がね、すごく好きだったんだ。うん、瞳がとっても綺麗で、薄い唇が少し開いてたなぁ。今でも忘れられないよ。
映画館ってさ、手をどうしていいか分からないじゃない?集中しているのに手を握っていいのかなって。話しかけて許可取るわけにもいかないし、難しいよね。で、その時の僕は持てる限りの勇気でその子の手を握ったんだ。
あー今思い出しても泣きそうだよ。僕より低い体温のその手をね、握ったんだ。あれは僕の人生最大の勇気を使ったよ。
横目でその子を見るとね、その子、恥ずかしそうに目を伏せてね、それでも手を離したりしなくてね、手を握ってもいいって言って貰えたような気がして嬉しくて喉が詰まったよ。人生においてあの時が一番幸福だったね。まぁ、僕の人生は120分だったわけだけど、120分で一番幸福な時間だった。
あの時の事は本当に全部覚えてるよ。
通った鼻筋がスクリーンの光を受けて光ったり曇ったりしてたな。睫毛が震えていたのも、綺麗に切り揃えられた爪の形も、唇を噛むようにしていた事も、全部全部覚えてる。
本当に完璧だった。あの空間が僕の人生だって思えるくらい、本当に完璧で、その他はもういらないって思えるくらいさ。いや、キザとかじゃなくてね、本当にそう思ってる。今でもだよ。
古い映画って短いよね、あっという間に終わっちゃったよ。電気が付いたら二人共慌てて手を離してさ、何でもなかったような顔をした。いけないような事をしたような気がして目を合わせる事すら出来なかったよ。
その映画館はマフィンやコーヒーも売ってたんだ。あとは本とかかな、小さな雑貨屋がついているような感じで本とかはがきとか売っていた。映画が終わったあとはそこを見ていたなぁ。映画館から出たら全部、全部終わっちゃうようでね、出たくなかったんだ。
外は暑いのに映画館の中はすごくひんやりしてたから閉じ込めて貰えている気がしたんだろうね。うん、多分ね。
二人でただただ商品を見てて、あるショーケースでその子の足が止まったんだ。そこは珍しい万年筆を置いているショーケースでさ、すごく綺麗な万年筆が並んでいたんだ。
綺麗だね、っていう話をしてその子はずっとそれを見ててさ、欲しいのかなって思ったんだ。中学生が買うにしてはすごく高いものだったし、使うかはよく分からないけど二人お揃いのものを持つならこれだな、って思った。万年筆なんて子供は使わないけどね、だからこそこれしかないって思ったんだ。
すると店員さんが気付いたようで近づいてきてね、一番安いものを出して貰ったんだ。万年筆って言っても、普通の店に売っている万年筆とは違ったんだ。ひとつひとつ違うんだって店員さんも言っていた。そしてふたりで時間を掛けて万年筆を選んだよ。
いやー今思い出しても高い買い物だった。けど、あれほど大切な買い物は後にも先にもなかった。今でも大事に持ってるよ。
万年筆を買うと、店員さんがポストカードをくれたんだ。おまけだよって言ってね、沢山あるポストカードから一人一枚選ばせてくれた。すごい色んなポストカードがあってね、で、僕はこの万年筆とポストカードで彼に手紙を出そうと思っていたから彼の好きそうなものを選んだんだ。
え、そうだよ、相手は男だよ。もしかして今まで女の子と思ってた?ごめん、そうじゃないんだ。僕より少し背が高くて、僕と違って綺麗な黒髪のアーモンドの目をした子だよ。え、うん、そりゃそうだよ。彼以上の人は何処を探してもいないよ。とても優しくて強くて、綺麗だったんだ。
手紙は・・・結局出せなかったなぁ。映画館を出たら家に帰ったんだ。これ以上どこにも行けないって思ったからね。多分、彼だって一緒だと思う。だから黙っていつもの公園で別れて、それきり。手紙を何度も出そうと思ったけど、出せなかった。もし返事が来なかったら、もし彼に好きな人が出来ていたら、そういうの考えると怖くて出せなかった。あの120分で全部だって思い込んだ方が倖せだったんだ。それ以上のものは何処にもないって思い込んだ方が楽だったんだよ。
うん、逃げかも知れない。今なら違う決断を出来たかもね。でも、あの時は出来なかったんだよ。
・・・万年筆?今でも大事に持ってるよ。今日は持ってたかなぁ、ちょっと待ってね。あ、今日は置いてきてしまったみたいだ。どんなものか聞かれても僕絵が下手だからなぁ・・・あ、あそこに座っている人が持っているものにすごく似ていたよ。
ほら、ななめ後ろのこっちに背中向けてる男の人、あ、そっちじゃなくて黒髪で細身の・・・うん、彼。彼が持っているあの万年筆、多分同じシリーズのものだよ。
あれと同じシリーズの万年筆持っている人なんて初めて見たよ。すごい偶然だなぁ。ちょっと待って、声かけてみる。もし借りれたら見せられるじゃないか。うん、行ってくるね。
(2012/03/19)
一緒に映画を見たあの時間だけを人生と呼んで生きる伊作のお話です。
タイトルはお題サイトからお借りしました。
(このお題見た時からこのお話書きたいなぁって思っていたのでようやく書けてよかったです)