君 に 沈 む








平太がこの町にやってきてから忍者としての仕事が格段に増えた。そしてその殆どは穴丑としてのものではなく、以前と同じような血生臭いものばかりだ。平太程気配を消すのが得意な人はそうおらず、そして殺気を隠すのが上手い人もいない。だからこそ平太には良く暗殺の仕事が回ってくる。そしてそれに文句ひとつ言う事すらせず、平太はただ淡々と仕事をこなした。

仕事を終えた帰り道。既に西側へと傾き始めた太陽を見上げ、平太は手を止めた。血を浴びないような方法をいつも選んでいるものの、それでも匂いがつかないという事は無い。食満が待つ町へと帰る途中で清流を見つけ、血の匂いが付いた手を何度も洗っている。血の匂いをさせて帰れば食満を心配させると分かっているのだが、血の匂いに麻痺した鼻ではまだ体に匂いが残っているのか確認が出来ない。はぁ、とため息を吐いた平太は途方に暮れたように視線を遠くに向けた。

清流からほど近い道を往く人へと視線を向けていると見知った顔を見つけ、平太は立ちあがった。視線が合った相手も気付いたようで足を一度止め、平太の方へと向かってくる。

「富松先輩、ですよね?」
「平太、大きくなったな」

笠を上げて富松は平太を見上げた。彼は学園を卒業する時と背はあまり変わらず、代わりに肩幅が広くなり、胸板が厚くなってがっしりとした身体つきになっている。身長では勝っているものの、体つきとなると平太よりも富松の方がしっかりしている。さすが先輩というところだ。

「久しぶりだな」

学園にいた時と同じように笑いかけてきた富松に平太は「はい」とはにかんだ。
太陽は西側にあり、陽が出ていれば少々暑さを感じる。二人は清流の辺の木陰へと移動して腰を下ろし、影の中から秋の高い空を見上げた。

「富松先輩は南に向かっているんですか?」
「北で仕事を終えた帰りなんだ」
「そうですか」
「平太は?」
「俺は、この近くに住んでいます。残念ですが逆方向ですね」
「そうなのか。ならもう少し先で会いたかったな」

ハハッと豪快に笑う富松は学園を卒業とした時と何ら変わっていない。それにほっとして平太も笑った。

「…つかぬ事をお聞きしてもいいですか?」
「ん?なんだ?」

富松は途中で買ったという団子を頬張りながら平太を見た。団子を食べるかと勧められたが平太は口をつけない。そしてそれを最初から分かっていた富松は最後の一本も自分の口へと運んだ。疑うという事は彼らの場合悪い事ではなく、身を守る為に必要な当たり前の事なのだ。それを責めるような愚かな事はしない。

「血の匂い、するでしょうか?」

困ったような顔で平太が尋ねたので富松は団子をの串を手に持ったまま平太へと顔を近付け、匂いを嗅いだ。くんくんと犬のように鼻を近づけていた富松は「微かにするな。まぁ、普通の人は気付かない程度だと思うけど」と告げる。

「…そうですか」
「普通の人は気付かないって」
「いや、一応普通ではないので」
「何、お前同業者と暮らしてんの?」
「…元、ですかね」

平太はそう言って笑った。そんな平太を富松はよく分からないな、という顔で見る。

「…俺は同業者とは暮らせねーな。変な気を使わないか?殺しの後だと気が立って苛ついてしまうし、何も知らない方が楽だなって思う」
「…そうですね。でも最初から知っていて暮らしているので」
「ふーん。俺の知っている人?言えないなら言わなくていいけど」

富松の言葉に平太は少し黙って空を見上げた。薄い空に鱗雲が薄くかかっている。平太の視線の先を追って富松も空を見上げる。風が強いのか雲がかなりの速度で流れていく。まるで、走馬灯のようだ。何となくそう思いながら、平太は口を開いた。

「知っている人ですよ」
「そう」
「はい…食満先輩です」

平太の言葉に富松は視線を空から平太へと向けた。その表情はとても驚いたようで固まっている。思っていた通りの反応だったので平太は思わず笑ってしまった。

「あの人、生きてたのか」
「はい」
「…行方知れずって聞いてたからてっきり、もういないのかと」
「別の名前で生きています」
「…俺に言ってよかったのか?」
「少し迷いましたが、でも富松先輩も俺と同じだったでしょう?」

同じというのは食満へと憧れを抱いていたということなのか、それともそれ以上のものを抱いていたという事なのか。富松はそれを測りかねたが、どちらでも同じなのだろうと静かに頷く。

「だからです。俺だけ知っているのはあんまりかと。富松先輩なら他言しないでくれるだろうし」

平太はそう言いながら富松へと視線を向けた。言葉は柔らかいが視線は強く、他言するなよと念を押している。富松が卒業する頃の平太はまだこんな目をしなかった。それらはもう大人の忍びの顔であり、そこにあの頃の面影はない。

「…言わねぇよ」

富松はおどけるように両肩を上げて、平太を見る。

「名を変えているという事は理由があるんだろう?俺はお前と食満先輩を困らせたいわけじゃねーからな」

富松の言葉に平太はほっとしたように目元を和らげる。元々垂れ目がちの目が更に優しげになるのを見て富松は何となく負けたな、と思った。
花を落とした雑草の茎をぶつりと切り、それを投げ捨てながら富松が「平太はすげーな」と言ったので平太は「何がですか?」と尋ねた。唐突な言葉が一体何を指すのかまるで分からなかったのだ。

「俺は三年一緒だった。でもお前はたった一年だろう?それでもそんな風に強く一途に思えるのかって思ったんだよ」
「…再会は偶然ですよ」
「それでも再会出来たのは俺じゃなくてお前なんだ」

富松の言葉に平太は何も言わず近くに生えている草を見つめた。花も種も落としたその草は冷えていく空気に耐えるよう身を縮こまらせているように見える。

「…一途っていうより、しつこいだけなんじゃないかと思う時もありますけどね」
「まぁ、表裏一体だよな」

にやりと富松が笑ったので平太は息を吐いて軽く笑い、空を見上げた。さっきまで頭上にあった鱗雲は遠く流されて、頭上に今あるのは筋状の雲だ。

「お前は昔から暗い方向に物を考えるよなぁ。どうせ付き合わせているんじゃ、とか思ってんだろう?」

あまりにも当たっているので驚いていると、富松は「馬鹿だなぁ」と言った。

「あの食満先輩だぜ?確かに気を使う人だけど、やりたいようにやる人だろ。お前と一緒に居るのが嫌になったら出て行くって。出て行ってないって事はそういう事だろう。それを信じられないっていうのなら、お前は何を見てるんだって思うけどな」

思わないところで頭を殴られたような気がした。けれどもすぐに別の不安が顔を覗かせる。けれどそれは富松に言っても仕方がない事なので平太は「…そうですね」とだけ返した。

「だろ?」

はぁ、と深呼吸をひとつして平太は腰を上げた。匂いを早く落として帰ろうと思ったのだ。そんな平太に富松は「そうだ」と声を掛けた。そしてすぐ後ろにある林を指す。

「行きにそこで栗を拾ったんだ。まだあると思うけどそれを持って帰ったらどうだ?栗の匂いで誤魔化せるとも思うし、栗ごはんはうまいだろ」

そう言えばこの人は筍ごはんやら栗ごはんなどの混ぜご飯が異様に好きだったな、と思いながらも平太は頷く。
そろそろ急ぐから、と腰を上げた富松に平太はいつか町に立ち寄って下さいと告げ、そして別れた。林は秋風にその葉を揺らしていて、少し行けば栗の木が確かにある。

家に戻り、戸を開ける。その時食満はいてくれるのだろうか。
その答えは戻らなければ分からない。けれど今はそれに向き合うのを止めて栗を拾ってしまおう。その方が気が楽だし、持って帰れば食満は喜ぶだろう。平太は栗を拾うべく手拭いを広げては腰を下ろした。





*:*:*





平太がいないとなると家も店もその面積を増したように感じて心細く思う。そう思う自分が女々しいと食満は時々情けなく思ったが、それでもやはり不安も心細さも消えなかった。
店の入り口近くを人が通ると思わず手を止めて視線を向けたし、客が来る度にはっとして、そんな風に一日中気を張っているものだからいつもよりずっと早く疲れがきてしまった。日が暮れると食満はひとり店を片付け、さっさと閉めて家へと戻る。

帰って来ているんじゃ、という期待はどうしても捨てられず、真っ暗な家を見た時は少し落胆した。戸を開けてもそこに平太の姿はなく、ただただ黒い空間だけが広がっていて、冷たい空気が手足だけでなく心を冷やすばかりだ。
平太が迷わず戻って来れるように、とすぐに灯りをつけ、たっぷりと油を足す。ゆらゆらと揺れる火の灯りは少しだけ食満を慰めたが、じっとしていると嫌な事ばかり浮かんで引きずり込まれてしまう。食満はさっさと湯浴みをして寝る事に決めて腰を上げた。

湯浴みを終え、髪を拭いていると戸を誰かが叩いたような気がした。慌てて戸を開けてみるもそこには誰の姿もなく、ただただ北風が吹きつけるだけだ。

「風か」

そう呟いた声が泣き声に聞こえ、思わず目に手をやるも涙は流れていなかった。平太が戻って来るのか、それが分からない間はどうしても気が滅入る。
何もかもを吹っ切ってもう寝てしまおうと思ったがひとり夜具の上に座っていると空しくて仕方がなかった。一人で寝るのが寂しいなんて事を思う日が来るなんて今まで思わずにいたが、寂しくて眠れそうにもない。


平太は順調に仕事をこなしているようで忍者としての任務の数が以前よりずっと増えている。てっきり穴丑になっているのかと思っていたのでそれ以外の任務の多い事に驚いたが、それは平太が優秀という事だ。
平太の足を引っ張ってしまっているのでは、と考えるようになってしまったのは平太の任務が増えた辺りからだった。忍びとして実力を付けている様子の平太を見ていると、どうしても自分が荷物になってしまったんではと考えてしまう。忍者を辞めると決めたのは自分だった筈なのだけれど、それでも早まってしまっただろうかと今更ながら思い悩んでいる。
けれど忍びに戻るのであれば、平太とこの生活を続けることはまず無理だ。まずは雇ってくれる城を探さねばならないし、平太が勤める城と敵対しない城に就けるか分からない上に、友好関係の城でもいつ仲互いするか分からない。それに平太と共に住めないのであれば忍者になる必要性がない。結局のところ、平太の足を引っ張っていないのだと自己肯定したいが為に忍びに戻るという安直な考えなので実行出来る筈もないのだ。
平太はこのままの生活を続けたいと言ってくれ、そしてその言葉通り傍にいる。けれどそれはいつまでなのだろうか。ある日突然去ってしまう事になるんじゃないだろうか。そういう不安は常に付きまとい、そして平太が任務で家を空けると途端に心を占領しては留三郎を揺さぶるのである。そういう夜を留三郎はどう過ごせばいいのかまだ分からないでいる。平太が自分を想ってくれているのは側にいて過ごしていれば分かる筈なのに、こういう夜になると簡単に見失ってしまうのが怖かった。

灯りをぼんやりと見つめていると不意に気配を感じ、そして次の瞬間戸が開いた。姿を見せたのは平太だ。

「…おかえり」
「ただいま」

平太は食満の言葉にそう返すと戸を閉めた。

「店早く閉めてしまったんですね。店に寄ったら灯り消えていたので驚きましたよ」
「今日はひとりだったし」
「結局丸一日開けてしまってすみません。お土産持ってきましたよ。栗が生っていると場所があって沢山取ってきました」

平太は手拭いを抱えていて、それを土間の方へと置きに向かう。栗が手拭いからぱらぱらと落ちてそれを拾い上げている平太の背中を見つめているとさっきまでの寂しさや狂おしい程の愛しさがぐっと競り上がってきて涙が零れそうだ。

「へいた」

栗を拾い上げている平太の背中に声を掛けると平太が栗を拾うのを止めて振り返った。

「へいた」

さっきまで渦巻いていた暗い感情をその言葉に乗せると声が勝手に震えた。そして平太はどうやら汲み取ってくれたらしく、栗をそのまま放って食満の元へと歩み寄った。
冷えている指先が頬に触れ、屈むようにして平太は唇を重ねる。涙が張った瞳で平太を見つめれば、何故か平太が辛そうな顔をして、再度口付けた。
平太の首へと腕を回し、そのまま身を預けると後ろへと倒される。夜具を用意して置いて良かった、と思いながら口付けに応えていた。

平太にしては珍しく、焦っているような節があった。口付けの合間に背負っていた荷物を解き、そこら辺りへと適当に落とした。食満の寝巻の腰紐を解き、すぐに体へと触れる。
何かを考えるより、このまま行為に没頭した方が楽だと留三郎は言葉を伝える事はせず、口付けに応えながら平太の服を脱がせていく。二人が唇を離した時にはどちらの唾液とも取れぬものが溢れ、平太も既に上着は脱いでいた。

「留三郎さん、」

耳元で名を呼ばれるとそれだけで背筋が戦慄く。首筋へと口づけられ、舌で辿られると体が震え、思わず平太への体へと抱きついていた。平太はそれでも手や口を止めず、食満が弱い個所に的確に唇を落とし、愛撫した。いつものように胸を弄られ、それで喘いでいると平太の指先が下へと降りる。後ろの秘孔へ伸ばされるのだろうと思っていた指先は後ろではなく、前へと触れた。

「はぁっ…んっ!へ、えたぁっ」

勃ちあがり体液を零し始めていたものを平太が唐突に咥えたので食満は思わず体を強張らせた。熱い口腔内で、圧を掛けられればあまりの快楽に喘いで身を捩るしかない。

「あっ…もっで、るっ」

平太の髪を掴み、力がない手で引き離そうとすると平太の口元を白濁が汚した。射精の衝撃と平太の顔を汚してしまったという背徳感にくらくらとしていると、平太は口元についた白濁を手で拭うのではなく、舌で舐めとる。その光景にぞくりと背筋に何かが走った。

「…俺も、する」

平太の腰紐へと手を伸ばし、それを解こうとすると平太が止めようとした。「いいですよ」、なんて気を使うような言葉に食満は首を横に振る。

「俺が、したいから」

腰紐を解き、前を寛げると平太のものは体液はまだ零れてないものの既に勃ち上がっていた。

「んっ…あ、留、三郎さんっ」

平太のものを口に含み、裏筋へと舌を這わせては口を窄めたまま上下させて平太のものを扱く。鈴口へと舌を這わせると平太が眉間に皺を寄せた。その余裕のない表情にぞくりとして更に激しく口を動かすと、平太が食満の髪を引っ張る。

「も、いいんで」

そう言って平太は食満を引きはがすとまた布団の上へと押し付けた。平太の余裕のない表情に興奮しているのか、食満のものも硬さを取り戻している。枕元近くに置いてあった油を手に取り、平太は食満の秘孔へと指を這わせた。準備をしないと入れられない体がもどかしい。平太の首に腕を回し、食満は平太が慣らしてくれるのを時折喘ぎながら待っていた。

「すみません、もう限界です」

暫く馴らしていた平太がそう告げたかと言うと指を引き抜き、既に育った平太のものを宛がった。余裕がない声と、吐息に満足して、食満は一度頷く。そうすると平太の熱が食満の中へとゆっくりと侵入してきた。
全てをおさめて一息つくと平太はすぐに腰を動かした。いつもならもう少し余裕があるのに、今の平太にはそれがない。求められている錯覚に溺れているのが気持ちよくて、食満は平太の名を呼びながら応えるように腰を振った。

「あぁっ…もっ、やぁっ…へーた、いくっ」

先に達しようとした食満のものを平太は達せないようにと握りしめた。出せない苦しさで中が何度も収縮して平太を追い詰める。

「あっ、やめっ…やだ、へえたっ」

汗で滑る手で平太の背中を必死に掻き抱きながら平太を呼んだ。速度を速めた平太が食満のものを扱き始め、食満の口からは悲鳴のような声が上がる。平太が中に白濁を吐き出すのと、食満が腹を汚すのはほぼ同時で、達した後ぜえぜえと呼吸を整えながら食満は平太の背へ軽く爪を立てた。



果てた後、呼吸を整えた二人は視線を合わせて一度唇を重ねた。そしてそれからは無言で後片付けをして布団へと潜り込む。当たり前のように用意されたのは一式の夜具で、一緒に寝る事を許す平太に甘やかされているなと食満は心の中で笑った。

体を重ねている間は良かった、と食満は思った。求められている錯覚に陥っているうちは不安など無く、このままずっといられるように思えていた。けれど行為が終わってしまうと、急に頭が冷えたような気がする。

「…留三郎さん、何か言いたい事、あるんじゃないですか?」

後ろからぎゅうと抱き締められ、その腕に手を重ねながら食満は沈黙を続けた。首筋にかかる吐息が温かい。

「…今日、富松先輩に会いました」

平太の言葉に食満は振り向こうとしたが、平太が腕の力を緩めてくれなかったのでそれは叶わなかった。

「貴方と暮らしている事を報告しておきました。他言はしないよう、念は押したので大丈夫だと思います」
「…作兵衛、元気そうだったか?」
「元気そうでしたよ。男らしい感じになってました。ちょっと旦那に似てましたね」
「そうか」

記憶にある作兵衛はまだ十二の子供だった。けれど今となれば彼も立派な大人であり、あの頃の可愛らしい面影などあまり無いのだろう。

「…富松先輩が、貴方は優しいけど割と奔放な人だって言ってましたよ。俺と暮らすのが嫌になったらさっさと離れるだろうって」

平太のその言葉に食満は首だけ捩じって平太を見ようとした。けれど首を回すだけじゃ無理で結局平太の顔は見えない。

「だから傍にいてくれる間は無駄な心配はするなって言いたかったんだと思いますが、でも、僕は帰って来るときいつも貴方がいるのかいないのか確かめるのが怖くて…戸を開けるあの一瞬が一番…怖いです」

ぎゅうと強く抱き締めらてきた平太の腕を食満は解き、そして平太に向き合うように体勢を変えた。

「…俺だって、そうだよ」

平太の頬を両手で包み込み、食満は切なげに眉を寄せる。

「お前が任務で出て行く度に、帰って来ないんじゃないかって…気が気じゃなくて、怖いよ」

声を震わせてそう呟く食満の体を平太は抱き寄せた。

「富松先輩に、笑われました。相変わらず暗い方向に考えるんだなって…でもそれは貴方も同じですよね?こんなに一緒に居るのに、不安はどうして尽きないんでしょうか」
「…時間を重ねればその分気持ちが重くなる。それをどうしたらいいか分からないんだ」

視線を合わせ寂しげにふふっと笑う食満の鼻へと平太は唇を落とした。平太の瞳が優しげに細められる。長い睫毛に窓から差し込む光が留まった。

「それは俺だって一緒です。だから、約束しませんか?もしも出て行く事になったら、俺は絶対貴方に告げます。出て行く前にちゃんと顔を合わせて話をします。だから貴方も出て行く時は黙っていなくなるんではなく、ちゃんと顔を合わせて言ってくれませんか?」

平太が嫌になって出て行くなんて事有り得ない。そう思っていても今はそういう話をしているわけじゃないから言ったって意味がない。それを食満は知っていた。だから「分かった」と頷く。

「俺が出て行くときは絶対に平太に言うから」
「俺も、そうします。だから俺がその話をするまでは、そんな事考えないでくださいね」

食満が頷くと平太はもう一度食満を強く抱き締めた。平太の高めの体温に包まれると、不安が溶けていく。ぎゅう、と抱き締められるとそれだけで安心出来て深く呼吸が出来た。
もう、平太が帰って来るかどうか不安に思わなくていいと平太は言う。そう言われてもすぐに不安が消える事はない。だからこそ、こんな風な約束を持ち出してくれた。平太も同じように不安だからと言っていたのだから、この約束がある限り平太も安心できるのかも知れない。平太も同じように不安だっていうのなら、乗り越えられるような気がする。

「平太、明日何食べたい?俺が作ってやるよ」
「明日ですか…栗取ってきたんで栗ごはんにしましょう。留三郎さん、好きでしょう?」
「うん。好きだよ」

平太の胸へと顔を寄せ、「好きだよ」と繰り返す。誰が、とか何を、とか言わなかったが、その言葉が指すのはひとつだ。そしてそれを汲み取ってくれた平太が食満のこめかみに唇を落とし、「僕も好きです」と答える。

戸を風が叩いている。気温は朝方に向け冷えていくだろう。けれど一つの布団の中で抱き合っている二人は寒さなど感じず、ただただ幸福だった。




(おわり)







(2012/03/03)

これにて「白夜の果てに」は終了です。

あとがきは別に書きます!!
しかし、長かったわー!!!